── 不良の報告を受けた翌朝、工場の事務所で
Kさん(工場長):「図面は合ってたんです。ただ、一つ前の版でした」
幅(支援者):「ファイルサーバーに保管されていた図面は、いつのものですか?」
Kさん:「……それが、誰にも分からなくて。同じ品番のファイルが、いくつも並んでいるんです」
間違えた人は、どこにもいなかった。
製造の現場で「図面を見間違えた」と聞くと、多くの人は作業者の注意不足を思い浮かべる。
しかし、話をよく聞いていくと、見間違えたのではないことが多い。見ていた図面そのものが、古かったのだ。
紙の図面は、印刷した瞬間から古くなり始める。
一つ前の版で削った30個が、すべて不良になった
ある機械加工の会社(従業員約40名)では、客先から届く図面を、事務所のファイルサーバーに保管していた。ただ、改訂のたびに同じ品番のファイルが増えていき、どれを最新とするかを決める仕組みはなかった。
現場では、そこから印刷した図面を、各機械の横に下げたクリアファイルに差していた。作業手順書も同じ置き方で、ファイルの厚みは機械ごとにまちまちだった。
その月、客先の変更で、ある品番の取付穴の位置が変わった。変更の中身は、担当した加工者が覚えていたし、加工プログラムも直してあった。
ところが、変更後の図面は、どこにも保管されていなかった。ファイルサーバーにあったのも、機械の横のファイルに差してあったのも、一つ前の版だった。
その品番の段取りで手に取られたのは、一つ前の版の図面だった。30個を加工し終えたところで、検査で穴の位置の違いが見つかった。30個は、すべて不良になった。納品は2日遅れた。
こういうとき、まず出てくるのは「徹底させます」という言葉だ。
その気持ちは、よく分かる。
ただ、過去1年の不良の記録をさかのぼると、図面や手順書の版の違いが原因のものが5件あった。そのたびに「徹底」は呼びかけられていた。
今回も、最新の内容は、加工者の記憶と加工プログラムの中にはあった。
ところが、図面の正本として保管されていなかった。誰かが怠けたのではない。最新の図面をどこに置き、誰が版を上げるのかという仕組みが、なかったのだ。
問題は、同じ品番の図面が、ファイルサーバーの中にも現場にも何枚も存在できることだった。どれを正本とするか、誰が版を上げるか、どう置くかの決まりがない。何枚もあるかぎり、どれが最新かは、人が覚えておくしかない。
古い図面が現場に残っているかぎり、「これは最新か」の確認は、人の記憶に頼り続ける。
図面を確かめに、事務所まで歩いていた
版の問題を追いかけていくと、もう一つの事情が見えてきた。
クリアファイルの図面を信用しきれない作業者は、迷ったときに事務所まで歩いて、パソコンでファイルサーバーの図面を確かめていた。入社2年目のTさんに聞くと、1日に5〜6回は往復しているという。片道2分ほどでも、合わせれば1日20分を超える。
しかも、確かめに行った先にも、同じ品番のファイルがいくつも並んでいた。
Tさんが手を止める理由は、もう一つあった。ベテランのMさんに、段取りのコツを聞くためだ。
「この材料は、チャックを締めすぎると歪む」「この形は、2回に分けて削る」。そうしたコツは、図面にも手順書にも書かれていない。Mさんの頭の中にしかなかった。Mさんが別の機械にかかりきりのとき、Tさんは待つしかなかった。
図面の版、事務所までの往復、ベテランへの質問。三つとも、「必要なものが、必要な場所にない」という同じ形をしていた。
「正本」を一か所に決め、現場から直接探せるようにした
図面は、すでにファイルサーバーにあった。足りなかったのは、どれが最新かを決める仕組みと、それを現場から直接開ける環境だった。
古い版での加工を断ち切るには、現場から直接、最新の図面ファイルを探せるようにすればいい。事務所まで確かめに行かなくても、その場で開ければ、機械の横の紙に頼る理由が減る。
まず、ファイルサーバーの中に、図面・仕様書・作業手順書の「正本」(ここを見れば正しい、と決めた一か所)を置く場所を確保した。
次に、アカウントとアクセス権を割り当てた。現場の人は、誰でも見られる。版を上げる(差し替える)ことができるのは、生産管理担当だけにした。
基本のルールは、多くを決めなかった。
- 最新版は、品番ごとに1ファイルだけ置く
- 置き場所とファイル名の付け方をそろえ、品番で探せるようにする
- 古い版は消さずに、現場の検索には出てこない場所へ移す
廃盤になった品番の図面も、同じ扱いにした。消さずに残すが、現場で探したときには出てこない。
こうして、現場の端末から品番で探せば、最新の図面がそのまま開くようになった。版が上がれば、現場で開く図面も、その時点で新しくなる。
紙をなくそうとして、ベテランに止められた
最初の計画では、機械の横の紙の図面は、すべて撤去するつもりだった。
ところが、現場への説明の場で、Mさんがこう言った。
「画面だと、図面に書き込めないんですよ。寸法の横にメモしながら削ってるんで」
紙をなくすこと自体が、いつの間にか目的になりかけていた。私の見落としだった。
そこで、紙は使ってよいことにした。
ただし、次に使うときも、手元の紙ではなく、正本であるファイルサーバーの図面を使う。そこから開くか、そこから印刷し直す。このことを徹底した。
決め事を始める日には、現場のクリアファイルにたまっていた古い紙も回収した。現場に置いたままでは、最新版を保ち続けるのが難しいからだ。
Mさんの言葉には、もう一つの中身があった。毎回同じ書き込みが必要になるのは、客先からの図面だけでは、加工に要る情報が足りないからだ。
それなら、その情報を書き加えた図面を用意すればいい。毎回余白に同じ書き込みが必要な図面は、客先からの図面(正本)とは別に、必要な情報を書き加えた「社内図」として、ファイルサーバーから使えるように環境を整えた。
ベテランのコツは、現場の人たちが動画に撮った
社内図に書き加えられるのは、文字にできる情報だ。締めつけの加減や、削る音の違いは、書いても伝わりにくい。
そこで、コツは動画で残そう、という話になった。私が受け持ったのは、撮った動画を置く場所と、それを現場の端末で見られる環境を整えるところまでだ。図面と同じファイルサーバーに動画の置き場所を用意し、現場の端末から図面や手順書と同じように探して開けるようにした。
撮るのは、会社の人たちだった。K工場長が、Mさんの段取りをTさんが撮る、と決めた。長さは1本1〜2分。段取りの合間に見られる長さにしよう、と決めたのはTさんだ。
Mさんは「しゃべるのは苦手で」と渋った。
しかし、話す必要はなかった。Tさんが横から「いま、何を見てるんですか?」と聞き、Mさんが一言だけ答える。Tさんは、その一言をそのまま動画の見出しにした。
撮った動画は、Tさんが決められた置き場所に入れていった。現場の端末から、図面や手順書と並べて開ける。3ヶ月で、動画は18本になった。
半年後、版の違いによる不良は0件だった
取り組みを始めてから6ヶ月、版の違いが原因の不良は1件も出ていない。図面を確かめるための事務所との往復も、ほとんどなくなった。
Tさんは、Mさんの立ち会いなしで段取りできる機械が、1台から3台に増えた。
「動画を見て、分からないところだけ聞けばいいので。聞くことが具体的になりました」
Mさんのほうも、同じことを何度も説明する回数が減った。
ただ、うまくいかなかったこともある。手順を変えたのに動画を撮り直しておらず、古い動画のとおりに段取りしかけた場面が1度あった。図面で起きていたことが、動画でも起きたのだ。
そこで、月に1回15分、生産管理担当とMさんで「版の確認」の時間をとることにした。図面と手順書と動画を、まとめて見直す時間だ。
この仕組みが守っているのは、図面そのものではない。「これで合っているか」と迷う時間のほうだ。
体質改善でやること:3つのアクション
1. 「正本は一か所」と決め、版を上げる人を絞る
道具より先に、どこを見れば正しいのかを決める。正本は一か所、最新版は1品番1ファイル、差し替えるのは決まった人だけ。誰が見られて、誰が版を上げられるかは、アカウントとアクセス権で分けておく。そうすれば、人の注意に頼らなくても決め事が守られる。
2. 「探しに行く」を、その場で「開く」に変える
現場の端末から、図面ファイルを直接探して開けるようにする。大事なのは、現場で開くものが正本そのものであって、コピーではないことだ。コピーを配れば、紙で起きていたことがデータでも起きる。
古い版や廃盤の図面は消さずに残し、現場の検索には出てこないようにしておく。
3. 紙を禁止せず、毎回の書き込みは社内図にする
紙を禁止しなくていい。ただし、次に使うときも手元の紙ではなく、正本から開くか、正本から印刷し直すことを徹底する。
そのうえで、毎回同じ書き込みが必要な図面があれば、図面に足りない情報がある合図だ。客先からの図面(正本)とは別に、その情報を書き加えた社内図を用意し、ファイルサーバーから使えるようにする。
文字にしにくいコツを短い動画に残すのは、現場の人たちの仕事だ。支援する側が整えるのは、残したものを置く場所と、現場の端末で見られる環境である。
このモデルケースについて
この話は、中小製造業でよくある課題と解決の流れを、HABAねっとの支援経験をもとに再構成したモデルケースです。特定の実在企業の事例ではなく、登場する企業・人物・数字は、典型的なパターンを示すために構成したものです。
ほかの段階のモデルケースは、実績・事例のページにまとめています。いまの自社に近い段階から読んでいただくと、流れがつかみやすいと思います。
HABAねっとは、北陸を拠点に中小企業・個人事業主のDX伴走支援を行っています。「どれが最新の図面か分からない」「ベテランのコツが若手に伝わらない」といった現場の困りごとを、置き場所と決め事の設計から一緒に整理します。
この話のような取り組みは、HABAねっとでは「第2段階 体質改善」としてお手伝いしています。
素早く、手早く、滑らかに。
📖 事例レポート版(数値・Before/After形式)は → こちら