「この製品、原価いくら?」
「材料費なら、すぐ出せますよ」
「いや、材料費だけじゃなくて、全部込みの本当の原価」
「……全部込み、ですか。それは、ちょっと」
積み上げれば出るはずの数字が、なぜ出てこないのか
前回まで、値決めの水面下には四つの判断が沈んでいること、そしてその土台に自社の軸があることを見てきました。
ここからは、四つの判断を一つずつ掘っていきます。まずは一つ目、原価です。
原価は、四つの中で最も「計算できる」ものに見えます。
材料費、人件費、外注費、設備の償却。積み上げれば数字が出る。感情も駆け引きも入らない、いちばん堅い土台のはずです。
ところが現場で「本当の原価はいくらか」と尋ねると、多くの会社で答えが濁ります。
材料費までは即答できる。ですが、そこに人の手間や間接費まで含めた「全部込み」の数字となると、とたんに曖昧になるのです。
曖昧になるのには、理由がある
なぜ、堅いはずの原価が曖昧になるのか。主な理由は三つあります。
一つは、手間が見えにくいこと。
一個作るのに何分かかっているか。段取りに、どれだけ時間を取られているか。材料のように伝票には残らないので、感覚でしか把握できません。
二つは、間接費の割り振りが難しいこと。
事務所の家賃、水道光熱費、管理部門の人件費。これらは特定の製品に直接ひもづきません。だから「なんとなく全体にかかっているもの」として、一個あたりの原価から抜け落ちてしまう。
三つは、そもそも計算する暇がないこと。
日々の仕事に追われ、一個ずつの原価を精緻に出す時間などありません。「だいたいこのくらい」で回してきた。そして、それで大きな問題も起きてこなかった。
問題が表面化するのは、値段の判断を迫られたときです。
原価が曖昧なまま値段を決めれば、それは砂の上に家を建てるようなもの。
安く受けすぎて、作れば作るほど赤字になる。そんな受注が、原価が見えないと平然と紛れ込みます。
ここで、AIが最初の出番を迎える
この連載で、AIが実際に手を動かす最初の場面が、この原価の可視化です。
といっても、AIが勝手に原価をはじき出すわけではありません。
ここでのAIの役割は、聞き出して、整理すること。
たとえば、こんな具合です。
「この製品を一個作るのに、どんな工程がありますか」とAIが尋ねる。
答えると
「その工程には、だいたい何分かかりますか」
「材料は何を、どれだけ使いますか」
「その作業をするのは、時給いくらくらいの方ですか」
と、AIに質問して順に掘っていきます。
頭の中にばらばらに散らばっていた要素が、対話を通じて一つずつ拾い上げられ、表の形に並んでいく。
人間の相手にこれを何度もやってもらうのは、気がひけるものです。
同じことを聞き返すのも、細かく確認するのも、遠慮が働く。
ですがAIになら、何度でも「それはなぜ?」「その内訳は?」と問い返せます。
この気軽さが、曖昧だった原価を、少しずつ輪郭のあるものに変えていくのです。
これは、実は「作業を見える化」していることも含まれています。原価が曖昧になる理由の一つが、自分たちの仕事の要素が曖昧になっているから。というのもあります。
AIと工程を洗い出して行くことで、この曖昧さを無くしていくことができます。
値段を決める前に、まず自分のコストを知る。当たり前のようで、いちばん飛ばされている一歩だ。
原価が見えてくると、値決めの景色が変わります。
「この値段では赤字だ」「ここまでは下げても大丈夫だ」という判断が、勘ではなく数字で語れるようになる。交渉の場でも、根拠のある一線を持てます。
ただし、原価が分かっただけでは、値段は決まりません。
原価は「下限」を教えてくれますが、「いくらで売れるか」までは教えてくれない。
そこには、外の世界——相場が関わってきます。
次回(第4回)は、二つ目の判断「相場」を扱います。相場は調べられる。
しかもAIは、その調査が得意です。
ですが、調べた相場を鍉呑みにすると、かえって事故を招く。その理由を見ていきます。