「ここ、どうやって判断してるんですか」。そう聞くと、ベテランは少し考えて「うーん、なんとなく」と笑う。
こちらも「なんとなく、ですか」と引き下がってしまう。そして、その「なんとなく」は手順書に書かれないまま、また一日が過ぎていく。
悪気はない。本人も、こちらも。ただ、聞き方を知らなかっただけだ。
連載の第4回です。
前回は、引き出す側に必要な「考え方」を整理しました。
どこを締め、どこを緩めるかの見極め。そして、標準化に本当に効くのは「分解」と「改善」という頭の使い方で、それぞれが別々の壁に効く
分解は (a) 感じているが言葉にできないものを開き、改善は (b) そもそも気づいていないものに届く、という話でした(第3回はこちら)。
今回は、その「分解」と「改善」を、現場で実際に回すための具体的な道具を見ていきます。
考え方を手順に落とす回です。
無意識は「意志」では出せない。「仕組み」で出す
本人が気づいていない判断を、どう表に引き出すか。
ここで大事な前提があります。
「もっとよく思い出して」「ちゃんと書いて」と本人の意志に訴えても、無意識の判断は出てきません。
気づいていないものを意志の力で気づくことはできないからです。
だから、意志ではなく仕組みで炙り出す。引き出す側が用意すべきは、根性論ではなく、機械的に効く手続きです。
冒頭の「なんとなく」を「なんとなく」のままにしないための、聞き方の型と言ってもいい。
実際に効く仕組みを、いくつか挙げます。
- 動詞で終わる行を、数値と条件に展開させる
- 「確認する」「調整する」で終わっている行を見つけたら、「何を、どの数値になったら、どうするのか」を問い直す。動詞の裏に隠れた判断が出てくる。
- 各ステップに「いま何を判断しているか」を機械的に問う
- すべての手順に対して「ここであなたは何を見て、何を決めていますか」と一律に尋ねる。例外なく全ステップに当てるのがコツ。
- 異常系を別枠で強制的に埋めさせる
- 「うまくいかなかったとき、いつもと違ったとき、どうするか」を専用の欄として強制的に書かせる。ベテランの真価は、この異常時の対応に宿っていることが多い。
- 記入欄つきテンプレートで、構造的に書かせる
- 白紙に「自由に書いて」では無意識は出ない。埋めるべき欄をあらかじめ用意し、構造に沿って書かせることで、書き漏れを物理的に減らす。
共通しているのは、本人の記憶や善意に頼らず、外から問いの形を与えていることです。
問いの形さえ用意すれば、本人は答えられる。
出てこないのは、本人がサボっているからではなく、問われていないからなのです。
そして、これらの仕組みの正体は、前回の「分解」です。
とりわけ「動詞で終わる行を数値と条件に展開する」のは、粗くまとめられた一行を細かい判断に刻み直す作業そのもの。
つまりここまでの道具は、(a) 感じているが言葉にできなかった判断を、ほどいて取り出すためのものです。
無意識の判断は、命令では出てこない。問いの「型」を外から与えたときに、はじめて表に現れる。
最も確実な検証 ― 他人に、手順書だけでやらせてみる
分解の道具で多くの判断を引き出せても、まだ終わりではありません。
前回見たとおり、分解だけでは (b) ― 本人がそもそも気づいていない判断 ― には届かないからです。
そして、書き漏れが本当になくなったかどうかは、書いた本人には判定できません。
本人にとっては、すべて当たり前に分かっているのですから。
そこで、最も確実な検証方法があります。
その手順書だけを渡して、別の人に実際に作業させてみることです。途中で詰まった箇所、質問が出た箇所 ― そこが、書き漏れていた場所です。
本人には見えなかった暗黙知が、他人のつまずきという形で、はっきり可視化されます。
これこそが、前回言った「改善」 ― (b) に届く唯一の道具です。
自分の意識の外にあるものは、自分では決して見つけられない。けれど、他人がつまずいてくれれば、そこに何かが隠れていたと分かる。
気づいていなかった判断が、ここでようやく姿を現す。
手順がきちんと一般化できたかどうかは、自分では判定できない。他人が手順書だけで再現できて、はじめて「完成」です。
これは第2回で見た三条件のうち、「一般的に使える」を実地で試していることにほかなりません。
引き出す側は、この検証の場を意図的に設計する役割を担います。
「できた手順書を、あえて素人に試す」プロセスを組み込むだけで、マニュアルの精度は段違いに上がります。
結果を見て直し、また試す。この反復こそが、デバッグ的な改善です。
道具はそろった。それでも残る、最後の問い
これで、引き出す側の道具はそろいました。
見極めの軸、分解で炙り出す仕組み、改善としての他人再現テスト。
(a) を開く道具と、(b) に届く道具。
これらを回せば、多くの書き漏れは表に出せます。
けれど、もう一段だけ深い問いが残ります。
こうした「引き出す関わり方」は、世間でよく言われる「伴走」や「寄り添い」と、同じものなのでしょうか。それとも、違うのでしょうか。
そして、いま挙げたテンプレートやチェックシートといった道具は、結局のところ何の役割を果たしているのか。
最終回となる次回は、当事者でも指導者でもない一歩引いた視点から、この「関わり方」そのものを問い直します。
寄り添うだけではなぜ届かないのか。
その答えが、今回そろえた道具の本当の意味を照らし出します。
HABAねっとは、北陸を拠点に中小企業・個人事業主のDX伴走支援を行っています。
「ベテランの判断を、仕組みでどう引き出すか」は、業務標準化やDXの設計そのものです。
「ツール選定」ではなく「課題」「業務」「人」から設計するDXを、一緒に組み立てます。