数字が合わない工場(第2話)数えない棚卸し

前の話で、私は「一点に絞るしかない」と書きました。

いまこうして振り返ると、あっさりした結論に見えます。

けれど当時、その一点を選ぶまでに、私はずいぶん迷いました。

迷ったというより、怖かった、が近いかもしれません。選んだ場所でしくじれば、「やっぱり、あの新入りは口だけだ」で終わる。新参者に、二度目の挑戦の機会が回ってくるとは限りません。

だから、選び方には理屈が要りました。


理屈は、二十代の頃の記憶が教えてくれました。

前の会社で、私は一度だけ、混乱した仕組みを立て直したことがあります。あのとき効いたのは、「いちばん困っている場所」ではなく、「正しくなったことを、誰の目にも証明できる場所」を選んだことでした。

困っている場所を直しても、感謝はされます。けれど、それは「助かった」で終わる。次の一手の後ろ盾にはなりません。

そうではなく、直った結果が、数字ではっきり見える場所を選ぶ。動かぬ証拠が残る場所を選ぶ。そこでなら、口下手な新参者でも、成果に語らせることができる。

(……証明できる場所は、どこだ)

そう考えて、会社を見渡した。答えは、わりとすぐに出た。

在庫だ。


在庫には、他の業務にない強みがありました。

現物がある、ということです。

単価の食い違いも、納期の混乱も、過ぎてしまえば「言った・言わない」の世界に沈みます。確かめる術がない。

けれど在庫は違います。棚に、物が、ある。数えれば、答えが出る。今この瞬間に、手を伸ばして確認できる。

これほど「証明しやすい」領域は、他にありませんでした。

しかも、在庫の精度が上がれば、その恩恵は現場に直接届きます。材料が足りているかどうかは、現場が毎日、身をもって感じていることだからです。

決めました。まず、在庫をやる。

そのときの私は、少しだけ得意げでした。良い場所を選んだ、と。いま思えば、その得意げな顔を、ひっぱたいてやりたい。在庫が、この会社でいちばん厄介な相手だとは、まだ知らなかったのです。


── “棚卸し”を調べてみると ──

在庫の実態を知るために、私はまず、既にある仕組みを調べた。

驚いたことに、この会社では「棚卸し」が、ちゃんと行われていた。

月に一度、現場の担当者が棚を回り、数を数え、表に書き込む。その表は、何十年も前から存在していた。書式も決まっている。担当も決まっている。一見すると、きちんと回っている仕組みに見えた。

(……なんだ、やってるじゃないか)

最初は、そう思った。仕組みはある。あとは精度を上げるだけだ、と。

けれど、その表を、業務システムの記録と並べてみたとき。

私は、妙なことに気づいた。


誰も、その二つを、突き合わせていなかった。

棚卸しの表には、数字が書いてある。システムにも、数字が入っている。けれど、その二つが合っているかどうかを、確かめた形跡がどこにもない。ずれていても、誰も気づかない。気づかないまま、翌月また新しい数字が書き込まれ、上書きされていく。

数えて、書く。ただ、それだけ。

書いた数字がシステムと合うのか、現物と合うのか、誰も見ていない。

そのとき、私はようやく分かった。この会社の「棚卸し」は、いつの間にか、別のものにすり替わっていたのだ、と。

棚卸しは、数えることではありません。数えた結果を、記録と照らし合わせて、初めて意味を持つ。

その、照らし合わせる、という肝心の一手が、まるごと抜け落ちていた。残っていたのは、「表に数字を書く」という作業の、抜け殻だけ。


念のため書いておきますが、これは、誰かがサボっていた、という話ではありません。

担当者は、真面目に数えていました。決められた通り、毎月きちんと表を埋めていた。彼らは、自分に与えられた仕事を、忠実に果たしていたのです。

問題は、その仕事の「目的」が、いつの間にか失われていたことでした。

たぶん、ずっと昔は、ちゃんと照合していた人がいたのでしょう。その人が、なぜ照合するのかを、後の世代に伝えないまま去った。次の世代は、「表を埋める」という手の動きだけを受け継いだ。目的は消え、動作だけが残った。

そうやって、何十年。

誰も悪くない。ただ、意味だけが、静かに抜けていった。

こういうことは、たぶん、どこの会社にもあります。あなたの会社にも、「昔から、こうやっているので」としか説明できない作業が、一つや二つ、あるのではないでしょうか。その多くは、かつては意味があった。今は、動作だけが残っている。


── 資材倉庫にて ──

さて、原因の見当はついた。照らし合わせればいい。

そう、簡単に考えたのが、甘かった。

表とシステムを突き合わせた紙を握って、私は資材置き場へ向かった。

材料倉庫は、工場の北の端にある。屋根の高い、鉄骨むき出しの建屋だ。丸鋼、平鋼、アングル材が、背丈より高い鋼製ラックに段積みされている。ミルシート——鋼材の検査証明書——の綿りが、いちばん手前の柱に、針金でぶら下がっていた。歩くと、床に薄く散った切り粉が、靴の裏でじゃりっと鳴る。

私は、伝票の品番を目で追った。SS400の丸鋼、直径五十ミリ。表では、この一列に十二本あることになっている。

数えた。九本。

もう一度、数えた。やはり、九本。

「探しもんですか」

声のほうを見ると、フォークリフトを降りた資材担当の八倉巻さんが、軍手で額の汗を拭いていた。この倉庫を長く頸かっている人だ。歳は六十近い。

私は、伝票を見せた。

「五十ミリの丸鋼、ここ十二本のはずなんですが、九本しかなくて」

八倉巻さんは、ああ、という顔をした。

「それなら、あっちにもあるよ」

顎で示した先は、通路を挿んだ反対側のラックだった。行ってみると、同じ五十ミリの丸鋼が、二本。さらに八倉巻さんは「切り欠き待ちのやつが、加工場の脇にも転がっとるはずや」と言う。

つまり、同じ品番の同じ材料が、倉庫に二箇所、加工場に一箇所。三つに分かれて置かれていた。

私は、八倉巻さんに尋ねた。

「これ、どういう分け方なんですか」

「分け方も何も」八倉巻さんは、少し笑った。「置けるとこに、置いとるだけやよ」

悪びれる様子は、ない。彼が適当なのではない。置き場を決めるルールが、そもそも無いのだ。だから、空いたところに置く。それが、この倉庫で長年通用してきた、たった一つの流儀だった。

(……これは、数える以前の問題だ)

背中に、じわりと汗がにじんだ。数えれば答えが出ると思っていた。ところが、何を数えるべきかが、どこにも定まっていない。私は、底の抜けた桶に、水を注おうとしていた。


── 明かりの落ちた倉庫で ──

その日、私は倉庫に長くいすぎた。

気づけば定時はとうに過ぎ、機械の音が、ひとつ、またひとつと消えていく。人が引き、フォークリフトが充電器に戻され、天井の水銀灯が半分落とされる。昼間はあれほど騒がしかった工場が、少しずつ、静かな倉庫に変わっていった。

私は、薄暗くなったラックの間で、まだ鋼材と向き合っていた。

明るいうちは、人が動いていて、落ち着いて現物を追えません。けれど、この静けさなら、数えられる。誰にも気を遣わず、一つひとつ、確かめられる。

そう気づいたとき、私の中で、ひとつの覚悟が決まりかけていました。これは、昼間の仕事の片手間では終わらない。人のいない時間に、自分の手でやるしかない、と。

そして、その最初の夜。

背後で、鉄扉の開く音がした。

こんな時間に、誰が。振り返った私の目に映ったのは、意外な人物だった。


(第3話へつづく)


この物語は、実話をもとにしたフィクションです。

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