値段は、どうやって決まっているのか(7)ベテランの頭の中を、取り出す

「社長がいなくなったら、値決め、僕にできるでしょうか」
「なんだ、急に」
「だって、社長はいつも勘で決めますよね。その勘、どうやって教わればいいのか」
「勘と言われてもなあ……。まあ、経験だよ、としか言いようがないんだ」

「経験だよ」の中身を、取り出せるか

この連載の山場に来ました。

ここまで見てきたことを、一言でまとめれば、こうなります。

値決めの判断は、ベテランの頭の中にある。ですが本人も、それを言葉にできない。

この「言葉にできない知識」のことを、専門的には暗黙知と呼びます。

自転車の乗り方を言葉で説明できないのと同じで、体で覚えた判断は、頭では説明しづらい。ベテランの「経験だよ」は、その典型です。

問題は、言葉にできない知識は、引き継げないことにあります。

マニュアルに書けない。研修で教えられない。そして本人が去れば、消える。

多くの中小企業が抱える、静かで深刻な課題です。

では、この「経験だよ」を、どうやって取り出すのか。

今回は、その具体的な進め方を見ていきます。

取り出しは、四つの段階で進む

頭の中にある知識を、組織みんなの財産に変える。

この道のりは、四つの状態を順に移っていくイメージで捉えると分かりやすいです。

出発点は、頭の中にある状態。ベテランの中に、言葉にならないまま眠っています。

次に、それを言葉にする。「経験だよ」を、一つずつ問いで掘り起こし、判断の理由を言葉に変えていく。

言葉になったら、今度は筋道に整える。「こういう条件なら、こう考える」という順序立ったルールにします。

そして最後に、みんなが使えるようにする

実際に他の人が使い、現場に根づいて、はじめて知識は個人のものから組織のものになります。

暗黙知が、言語化・型化・定着の階段を上がって組織の型になる図
頭の中 → 言葉 → 筋道 → みんなのもの。最初の一歩を、AIが伴走します。

頭の中 → 言葉 → 筋道 → みんなのもの。

この四つの移り目のうち、最も重く、これまで誰も手をつけられなかったのが、最初の一歩。

つまり「頭の中にあるものを、言葉にする」ところです。

そして、まさにここで、AIが力を発揮します。

AIは、根気のいる「聞き役」になる

「言葉にする」作業の正体は、ひたすら問いを重ねることです。

  • 「なぜ、その値段にしたのですか」
  • 「そのとき、何を見て判断しましたか」
  • 「もし条件がこう違っていたら、値段は変わりましたか」

この問いを、辛抱強く、何十回も繰り返します。

これを人間同士でやるのは、実は難しいものです。

聞く側も専門知識が要りますし、ベテランも、同じことを何度も掘り返されると、だんだん気詰まりになる。「そこまで細かく聞くのか」と。

だから、途中で終わってしまいます。

AIは、この聞き役を、根気よく務められます。

ベテランが語ったことを受けて、「では、その場合はどうですか」と、自然に次の問いを返す。相手が疲れて中断しても、また続きから再開できる。

感情的な気詰まりが生まれません。

この「気兼ねなく、何度でも掘れる」性質が、重かった作業を、現実的なものに変えます。

そしてAIは、聞き出しながら、同時に整理もします。

ばらばらに語られたエピソードから、「この人は、緊急度・代替の有無・関係の深さ、という三つを見て判断しているようだ」と、判断の構造を浮かび上がらせる。

「言葉にする」と「筋道に整える」を、地続きで進めてくれます。

「経験」という一言に畳み込まれていたものを、一枚ずつ開いていく。AIは、その開き役だ。

取り出すのはAI、語るのは人

ここで、順番を取り違えないでください。

AIが、ベテランの判断を勝手に作り出すわけではありません。

知恵の源泉は、あくまでベテランの中にある。AIは、それを引き出し、整理する助けをするだけです。

だから、この作業には、ベテラン本人の協力が欠かせません。

そして、しばしば見落とされますが、当のベテランにとっても、この作業には意味があります。

自分でも言葉にできていなかった判断が形になっていく過程は、自分の仕事の価値を、あらためて確かめる時間にもなる

取り出すことは、奪うことではありません。むしろ、その人の熟練に、あらためて光を当てることです。

こうして、頭の中にあった判断が、言葉になり、筋道になりました。

ですが、まだ最後の一段が残っています。

取り出した型を、誰でも同じ品質で使えるようにすること。

次は、その仕上げの話です。


次回(第8回)は、「誰がやっても同じ品質で見積もれる、型のつくりかた」。取り出した判断を、見積もりや提案の実務にどう落とし込むか。AIが、型を動かす道具になる場面を見ていきます。

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