「ベテランの判断、やっと言葉になりましたね」
「ああ。でも、これを紙にまとめただけじゃ、また棚の奥で眠るぞ」
「……たしかに。どうすれば、みんなが使いますか」
「使わなくても、勝手に使えてしまう形にするんだ」
「型」は、しまい込むと死ぬ
前回、ベテランの頭の中にあった判断を、言葉にし、筋道に整えました。
ですが、ここで気を抜くと、せっかくの型は、立派なマニュアルになって棚の奥に眠ってしまいます。
知識を書き出しただけでは、人は使いません。忙しい現場では、分厚いマニュアルを開く手間そのものが、使われない理由になります。
だから最後の仕上げは、「使ってください」とお願いするのではなく、使わなくても、自然に使えてしまう形にすることです。
ここで、AIは三度目の役割を担います。
今度は、型を動かす道具としてです。
判断の型を、見積もりの中に埋め込む
具体的に考えてみましょう。
前回までに、ベテランの判断が、たとえばこんな形に整理できたとします。
- 原価にこれだけ乗せる。
- 相手の緊急度が高ければこう調整する。
- 代替の少ない案件ならこう。
- 長い付き合いならこう。
この型を、AIとの対話に組み込みます。
担当者は、案件の条件——何を、いくつ、いつまでに、どんな相手に——を入力するだけ。
あとはAIが、埋め込まれた型に沿って、見積もりの下書きを出します。
「この条件なら、この価格帯が妥当。理由はこう」と、根拠まで添えて。
大事なのは、AIが出すのは「下書き」だという点です。
最終判断は、人がする。ですが、ゼロから悩むのと、根拠のある叩き台から始めるのとでは、質もスピードも大きく違います。
新人でも、ベテランの判断を下敷きにした見積もりを、その日から出せるようになります。
提案書の言葉も、型にできる
型にできるのは、価格そのものだけではありません。「その値段を、どう伝えるか」も型にできます。
第6回で見たように、同じ値段でも、伝え方で受け取られ方が変わります。
ただ数字を突きつけるのか、その価格に見合う価値を先に語るのか。
ベテランは、ここも無意識にやっている。
安いことを売りにせず、なぜその値段なのかを、相手が納得できる言葉で添えているのです。
この「伝え方」も、AIに任せれば、提案書の下書きとして形になります。
もちろん、そのまま出すのではなく、人が読んで、相手に合わせて手を入れる。ですが、白紙から書き起こす負担は、大きく減ります。
属人化の逆は、標準化ではない。「誰がやっても、その人なりに良い仕事ができる」状態のことだ。
型は、縛るためではなく、支えるためにある
ここで、誤解を一つ解いておきます。
型をつくると聞くと、「決められた通りにやらされる」窮屈さを想像するかもしれません。ですが、良い型は逆に働きます。
毎回ゼロから悩んでいた部分を型が引き受けてくれるから、担当者は、本当に頭を使うべきところ、つまり目の前の相手の、この案件ならではの事情に集中できます。
型は、判断を奪うのではなく、判断のための余力を生むことになります。
土台がしっかりしているほど、その上で自由に動けるのです。

こうして、頭の中の勘は、
・原価の可視化から始まり、
・自分の癖への気づきを経て、取り出され、
・型になり、誰もが使える道具になりました。
値決めのDXは、ここでひとまず完成します。
ですが、最後に、どうしても言っておかなければならないことがあります。
ここまで「AIに任せられる」と語ってきましたが、任せてはいけない領域が、確かに存在します。
それを見誤ると、すべてが台無しになってしまう。
次回(最終回・第9回)は、「それでも、AIに任せてはいけない一線がある」
値決めの合理化が、決して人を不要にする話ではないこと。
最後に人が守るべき領域について、この連載を締めくくります。