「社長、同じ商品なのに、なんであの客には高く出せて、この客には出せないんですか」
「ああ、それは……なんというか、相手を見て、だな」
「その『相手を見て』を、もう少し言葉にできませんか。僕にも分かるように」
「うーん……そう言われると、困るな」
数字で出るものと、人が読むもの
四つの判断も、後半に入ります。
三つ目の「顧客の支払い意思」と、四つ目の「自社の立ち位置」。
この二つには、前の二つ(原価・相場)とは決定的に違う性質があります。
原価も相場も、突き詰めれば数字で出ます。
ですが「この客はいくらまで出すか」「自社をどう位置づけるか」は、数字だけでは決まりません。人が読み、人が決める領域です。
四つの判断を、二つの軸で整理してみると、この違いがはっきり見えてきます。
四つの判断を、一枚に並べる
縦の軸に「数字で出るか、出ないか」。横の軸に「自社の事情か、顧客の事情か」。この二本の線で、四つの判断はきれいに配置できます。

原価は、自社の事情で、数字で出る。だからAIで可視化できます(第3回)。
相場は、顧客側・市場の事情で、これも数字で出る。だからAIで整理できます(第4回)。
ここまでが、AIの守備範囲です。
残る二つは、数字で出ない側にあります。
- 「支払い意思」は、顧客の事情で、数字になりません。
- 「立ち位置」は、自社の事情で、これも数字にならない。
この2つは、人が読み、人が決める領域なのです。
大事なのは、「数字で出ない」ことは「言葉にできない」ことと同じではない、という点です。
数字にはならなくても、言葉にはできる。そして、そこにAIの別の使い道があります。
「相手を見て」を、言葉に変える
冒頭のやりとりに戻りましょう。
「支払い意思」を考えるということは、「相手を見て」値段を加減しているということです。
この「相手を見て」の中身を、ベテランは説明できません。ですが、確かに何かを見ています。
ここでのAIの役割は、原価のときの「聞き出して整理する」から、一歩進みます。判断の変数を、言葉にする手伝いです。
実際のお手伝いでは、AIが質問役になって掘っていきます。
- 「この客に高く出せたとき、相手はどんな状況でしたか」
- 「逆に、値切られたときは?」
- 「急いでいる客と、そうでない客とで、出す値段は変わりますか」
- 「他に頼める会社が無さそうな客のときは?」
こうした問いを重ねると、ベテランが実践している”相手を見る行為”の中身が、少しずつ具体的な言葉になって出てきます。
たとえば、こんな変数が浮かび上がります。
- 相手の緊急度
- 代わりの選択肢があるか
- 過去の取引の積み重ね
- 相手にとって、この買い物がどれだけ重要か
ベテランは、これらを無意識に組み合わせて「相手を見て」いた。それが言葉になれば、他の人にも見えるようになります。
数字にできないものは多い。だが、言葉にできないものは、思うより少ない。
立ち位置は、値段より前に決まっている
四つ目の「自社の立ち位置」は、少し性質が違います。
これは個別の値決めのたびに考えるものではなく、その手前で、経営として決めておくものだからです。
安さで選ばれたいのか、それとも価値で選ばれたいのか。
この一点が定まっていないと、個別の値決めは毎回ぶれます。
ある時は強気、ある時は弱気。一貫性のない価格は、顧客に「この会社の値段は交渉しだいだ」というメッセージを送ってしまいます。
ここまでで、水面下の四つの判断を、ひととおり見てきました。
原価、相場、支払い意思、立ち位置。可視化できるもの、整理できるもの、言葉にできるもの、あらかじめ決めておくもの。
それぞれに、向き合い方がありました。
さて、これで値決めの全体像は見えた——と言いたいところですが、実はまだ、大きな見落としがあります。
ここまでの話は、すべて「人は合理的に値段を判断する」という前提に立っていました。ですが、その前提こそが、あやしいのです。
次回(第6回)は、この連載の折り返し点。行動経済学を手がかりに、「顧客は値段を正しく見ていない」という事実に向き合います。そして、正しく見ていないのは顧客だけではない、という話へ進みます。