
── 支援から4ヶ月後、月次ミーティングの席で
J社長:「システムの話なんですが……正直、誰も使っていなくて」
幅(支援者):「現場の方は、選んでいましたか?」
J社長:「……私が選びました。現場も使えると思って」
「ああ、そういうことか」と思った。これも、よくあることだ。
DX支援の現場で、ツール選定の失敗を見るたびに思うことがある。
問題は、だいたい同じ構造だ。経営者や管理職が「良いツール」を見つけ、比較検討し、費用対効果を確認して、導入を決める。現場は「使ってください」と言われ、説明を受け、試してみる。
そして3ヶ月後、誰も使っていない。
ツールの性能が悪いわけではない。価格が高すぎるわけでもない。「現場が選んでいない」。それだけのことが、導入を失敗させる。
50万円のシステムが、3ヶ月で使われなくなった
ある中小製造業(従業員約45名)では、ステップ1〜4を経て、KPI設定と定着の仕組みまで整っていた。次の課題は、現場の情報管理だった。
J社長は、知人の紹介でクラウド型の生産管理システムを知った。デモを見て、機能の豊富さに感動した。営業担当者の説明は丁寧で、導入事例も多かった。
「これなら現場も楽になる」と確信し、50万円の初期費用と月額費用を決断した。
ところが3ヶ月後、現場の現実は違った。ログイン率は20%以下。現場リーダーのKさんは、こう話した。
「使い方がわからなくて。聞ける人もいないし、前の紙のほうが早いので……」
機能が多すぎた。操作が複雑だった。そして何より、Kさんは導入の議論に一度も参加していなかった。
現場に嫌われるツールに、共通点がある。「現場が選んでいない」ことだ。
「現場に選ばせる」ことを、最初のルールにした
仕切り直すことにした。J社長には「一度、ツール選定の主役を現場に渡してほしい」と伝えた。
まず、Kさんに聞いた。「今、何が一番面倒ですか?」
「作業日報の記録です。紙に書いて、事務所に届けて、Excelに転記して。同じことを3回やっています」
解決すべき課題が、初めて明確になった。「豊富な機能」ではなく「日報の3重入力をなくす」が、ツール選定の基準になった。
次に、3つの候補を用意した。Kさんたち現場メンバーに、2週間ずつ試してもらった。
候補①:Googleフォーム+スプレッドシート(無料)
候補②:Trello(無料プランあり)
候補③:kintone(月額費用あり)
評価の基準も、Kさんたちに決めてもらった。「スマホで入力できるか」「慣れていない人でも使えるか」「入力が3ステップ以内で終わるか」。3つだけ。
Kさんが選んだのは、一番シンプルなものだった
2週間後、Kさんの答えは明確だった。
「Googleフォームが一番使いやすかったです。スマホで30秒で入力できて、スプレッドシートに自動でまとまるので。他のは機能は多いんですが、覚えることが多くて」
機能が最も少ない、コストゼロのツールを、現場は選んだ。
J社長は最初、「本当にそれでいいのか」と戸惑った。しかし「現場が選んだなら、使ってもらえる」という確信もあった。
Googleフォームで日報の運用を始めたのは、その翌週からだ。入力マニュアルはA4・1枚。Kさん自身が書いた。
3ヶ月後、利用率は92%になっていた
3ヶ月後、J社長から連絡が来た。
「日報の入力率が92%になっています。前のシステムのときは20%以下だったのに。Kさんが『これなら続けられる』と言っていて」
「最高のツールは、機能が多いものではなく、一番使われているツールだ」と改めて思った。
最高のツールは、一番使われているツールだ。
ステップ5でやること:3つのアクション
1. 「現場が使う」を最優先の選定基準にする
ツール選定の基準を「機能の豊富さ」「コスト」ではなく「現場が使えるか」に置き換える。そのためにまず「現場が今、何に一番困っているか」を聞くことから始める。課題が明確にならないうちに、ツールを選んではいけない。
2. 「2週間の試用期間」を設ける
候補ツールを2〜3つに絞り、現場メンバーに2週間ずつ試してもらう。「使ってみてどうでしたか」という感想を聞き、選定に反映する。デモや資料だけで決めない。実際に使った人が、最も正確な評価をする。
3. 「まず1つの業務だけ」に絞る
最初から複数の業務をシステム化しようとしない。まず1つだけ、最も困っている業務に絞って導入する。成功体験が生まれると、現場から「次もやってみたい」という声が出てくる。拡張は、その後でいい。
このシリーズについて
「中小製造業のDX10ステップ」は、北陸の中小製造業でのDX伴走支援の経験から、「なぜ多くのDXが途中で止まるのか」「どんな順序で進めれば現場が動くのか」を書いていくシリーズです。
前回(ステップ4)のテーマは「定着の仕組み:なぜ現場は3ヶ月で元に戻るのか」でした。ステップ4を読んでいない方は、そちらから読むと流れが掴みやすいと思います。
次回(ステップ6)は、「データ活用の入口:集めた数字を、どう意思決定に使うか」を取り上げる予定です。
HABAねっとは、北陸を拠点に中小企業・個人事業主のDX伴走支援を行っています。「良いツールを入れたのに使われない」という状態から、現場に根づく仕組みの設計まで一緒に整理します。ステップ0の「課題の言語化」から始めるDXを提案しています。
📖 事例レポート版(数値・Before/After形式)は → こちら