── ある中小製造業の朝のミーティングで
社長:「そろそろうちもDXを本格的に進めよう。何かシステムを入れよう」
製造部長:「……具体的に、何のシステムですか?」
社長:「生産管理とか在庫管理とか。他の会社が使ってるやつを調べてくれ」
工場長Aさん(心の中):〈この会話、去年も全く同じことを言っていた〉

「DXを進めよう」という声は聞こえる。でも、「何のためのDXか」は、誰も言葉にしていない。
これは、私が北陸の中小製造業でDX伴走支援をしている中で、何度も目にしてきた光景です。
ツール選定の相談を受けてヒアリングに行くと、「課題は何ですか?」という問いに、経営者・現場管理職・作業者がそれぞれ違う答えを返してくる。
誰も嘘をついていない。誰も怠けているわけでもない。ただ、「課題の共通言語」がないまま、DXの議論だけが先に進んでいる。
この状態でどんなに優れたツールを入れても、うまくいきません。
「中小製造業のDX10ステップ」シリーズの第1弾として、ステップ0 ― すべての出発点となる「現状把握・課題の言語化」について書きます。
「的外れなツール」を選んでしまった事例
ある中小製造業(従業員約50名)での話です。
社長が「生産管理をデジタル化したい」と言い出したのは、展示会で生産スケジューラーのデモを見たのがきっかけでした。「あれを入れれば、うちの現場も変わる」という直感だけで話が進み、ベンダーとの打ち合わせが始まりました。
見積もりは年間180万円。小さくない投資です。
しかし、導入準備が進む中で私がヒアリングに入ったとき、気づいたことがありました。
現場の生産管理担当者が言ったのは、「スケジューラーより、今は受注情報が間違ったまま生産指示に流れることの方が問題です」という言葉でした。
つまり、社長が解決しようとしていた「生産計画の非効率」よりも、その前段階にある「受注情報の精度問題」の方が、現場では切実だったのです。
スケジューラーは、正確な受注データが入力されて初めて機能します。データの精度問題が残ったまま導入しても、精度の低いスケジュールが自動生成されるだけです。
結果として、導入は一旦保留になりました。まず「受注情報をどこで、誰が、どの精度で管理するか」という仕組みを整えることに着手しました。
それは、ツールではなく、Excelシートの設計変更と入力ルールの統一という、地味な作業でした。
でも、3ヶ月後、現場では「ようやく受注と生産が噛み合ってきた」という声が出てきました。
なぜ「的外れなツール」を選んでしまうのか
この事例で何が起きていたのか。一言で言えば、「課題の言語化」がされていなかったのです。
社長には社長の見える景色がある。現場管理職には現場管理職の見える景色がある。作業者には作業者の見える景色がある。それぞれが感じている「問題」は、同じ会社の中でも、まったく違うものです。
なのに、「DXしよう」「ツールを入れよう」という話になると、社長の見える景色だけで議論が進んでしまうことが多い。
これは「行為の目的化」と同じ構造です。「ツールを導入すること」が目的になってしまい、「ツールで何を解決したいのか」という問いが、誰にも投げかけられないまま放置される。
ツールは「行為の効率」を上げる。でも、「行為の目的」を定めるのは、人の言葉だけだ。
ステップ0の仕事は、まずこの問いを「全員で共有できる言葉」にすることです。
ステップ0でやること:3つのアクション
具体的には、以下の3つのアクションから始めます。特別なツールは要りません。
1. 全階層からのヒアリング(30分 × 3〜4名)
経営者・工場長クラス・現場作業者および事務担当、の3階層に個別でヒアリングを行います。
聞くことはシンプルです。
- 「今、仕事の中で一番困っていることは何ですか?」
- 「それはどのくらいの頻度で起きますか?」
- 「その問題で、誰がどのくらいの時間を使っていますか?」
この3問だけで、階層間の「課題認識のズレ」が可視化されます。「社長は○○が課題だと思っている。現場は△△の方がよほど大変だ」という構図が、ほとんどのケースで浮かび上がります。
2. 課題の付箋マップ作成(1〜2時間)
ヒアリングで出てきた課題を付箋に書き出し、「誰が困っているか」「どの業務で起きているか」「頻度・影響度はどれくらいか」の3軸で分類します。
ツールはホワイトボードと付箋でも、Miroのようなオンラインホワイトボードでも構いません。大切なのは、「言葉にする」プロセスに、できるだけ多くの人が関わることです。
一人で作った「課題リスト」には限界があります。複数の人が関わって初めて、「自分だけが困っていると思っていた問題が、実は会社全体の問題だった」という気づきが生まれます。
3. 課題の優先順位付け(30分)
「解決したときの効果が大きいか」「現場の負担感が高いか」「比較的取り組みやすいか」の3点で各課題をスコアリングし、最初に手をつける1〜2件を絞り込みます。
このとき、「解決策(ツール)から考えない」ことが重要です。まず「課題」を確定させる。解決策はその次です。
「見える化」するだけで、解決することがある
ここが、私が最も伝えたいことです。
多くの場合、「課題を言語化・見える化する」だけで、問題の3割くらいは自然と解決の糸口が見えてきます。
なぜかというと、課題の多くは「誰も言葉にしていなかったから放置されていた」だけで、言葉にした瞬間に「そこは私が担当すれば済む」「実はルールを決めるだけでよかった」という話になることが多いからです。
ツールが必要な課題はもちろんあります。でも、ツールを導入する前に「言語化と見える化」を済ませておくだけで、不要なツール導入を防ぎ、必要なツールを正しく選べるようになります。
DXの入り口は、システムの画面ではなく、付箋とホワイトボードかもしれない。
このシリーズについて
「中小製造業のDX10ステップ」は、北陸の中小製造業でのDX伴走支援の経験から、「なぜ多くのDXが途中で止まるのか」「どんな順序で進めれば現場が動くのか」を書いていくシリーズです。
次回(ステップ1)は、「業務の見える化:どの業務に、どのくらいの時間・人手がかかっているか」を取り上げる予定です。
HABAねっとは、北陸を拠点に中小企業・個人事業主のDX伴走支援を行っています。「何のためのDXか」を現場の言葉で言語化するところから、一緒に組み立てます。ツール選定より先に、課題の共有と言語化から設計するDXを提案しています。