その「原価を出して」、どちらの原価ですか? 〜 経理・財務責任者にしか担えない「翻訳」の役割

社長と経理部長の沈黙
スタイル: 劇的で写実的なマンガ風イラスト、感情の起伏を強調した描写
シーン: 中小製造業の社長室。デスクを挟んで対峙する社長と経理部長。

ある中小製造業の経理部長室。社長から、急ぎでメッセージが届いた。

社長「来週の取引先との価格交渉に向けて、製品Bの原価を至急出してほしい」

経理部長(画面を見ながら)「承知しました。月次原価計算の最新値でよろしいですね」

……翌日、社長に提出した原価表。

社長「これ、本当にうちの実勢に合ってるのか?」

経理部長「会計基準どおりに計算した数字です」

社長「いや、それはわかってる。そうじゃなくて……」

(沈黙)

経理・財務責任者なら、心当たりがあるのではないだろうか。

経理に向けられる「2種類の依頼」

経理・財務責任者は、社内で原価の専門家として頼られる。しかし、彼らに向けられる依頼には、まったく性質の違う2種類が混ざっている。

ひとつは、財務会計のための依頼。決算・税務・対外報告のために、定められた会計基準どおりに正確な数字を出すこと。これは経理本来の役割であり、外部監査もこれを見る。

もうひとつは、経営判断のための依頼。価格交渉、製品撤退判断、設備投資の優先順位付けなど、未来に向けた意思決定の材料として、実勢を反映した数字を出すこと。

ところが、社内ではこの2種類が 同じ「原価を出して」という言葉で依頼されてしまう。経理の側からは、依頼の意図がわからない。だから、経理は自分の専門領域の文法、つまり財務会計の文法で答える。

これは経理の能力不足ではない。経理にとって最も自然な答え方である。

そして、それが噛み合わないとき、社長は「経理は実態がわかっていない」と感じ、経理は「会計基準どおりに出したのに何が問題なのか」と感じる。両者ともに不満が残る。

経理にしか担えない独自の価値

ここで重要な視点がある。この2種類の依頼を、両方とも扱える社内の専門家は、経理・財務責任者しかいないということだ。

営業担当者は実勢に詳しいが、会計基準は知らない。製造現場は工程は理解しているが、原価計算ルールの設計は経理ほど深くはない。経営陣は判断したいことはわかっているが、数字を作る側のプロセスは経理ほど精通していない。

つまり、財務会計と管理会計の 両方の文法を理解し、橋渡しできる立場 は、経理・財務責任者にしかない。

ただし、この立場は、自然に発揮されるものではない。経理の本来業務である「正確な記帳・計算」を回しているだけでは、この橋渡しの役割は出てこない。意識的に、自分は今どちらの帽子をかぶっているかを自覚する 必要がある。

2つの帽子を使い分ける

ここで、経理・財務責任者が日常的に意識すると有効な区別を整理してみる。

観点財務会計の帽子管理会計の帽子
依頼の出どころ決算・監査・税務経営判断・現場改善
求められる精度会計基準への厳密な準拠実勢を反映した「だいたい正しい」
計算ルール一度決めたら継続が原則案件ごとに見直してよい
答えるスピード月次・四半期・年次場合により数時間〜数日
数字の権威性監査・税務署で通る経営会議で議論できる

依頼が来たとき、まず確認すべきは「今かぶるべき帽子はどちらか」である。

社長から「価格交渉用に」と言われたら、管理会計の帽子。決算用の試算表を出すなら、財務会計の帽子。同じ製品Bの原価でも、出すべき数字も、計算プロセスも変わってくる。

そして、依頼者がこの区別を意識していないとき、「どちらの目的のための原価ですか?」と問い返せるのは経理しかいない。これは経理にとって面倒な手間ではなく、経理だけが提供できる付加価値である。

DX文脈で経理が果たすべき役割

近年、「経理DX」「会計クラウドへの移行」「自動仕訳の導入」といった提案が、中小企業にも数多く持ち込まれるようになった。

これらのツールは、財務会計の業務効率化には大きな価値がある。仕訳の自動化、決算スピードの向上、税務申告の効率化。これらは間違いなく経理の負担を軽減する。

しかし、見落とされがちな点がある。それは、経理DXツールの多くは、財務会計の効率化に最適化されていて、管理会計の橋渡し機能は弱いということだ。

ツールを導入したことで月次決算が早く出るようになっても、「価格交渉用の原価をすぐ出す」「製品撤退判断のための試算を週内に出す」といった、経営判断を支える管理会計機能は、ツールが自動で提供してくれるわけではない。

これは私の意見だが、経理・財務責任者が経営から信頼される存在になるためには、ツール導入で空いた時間を、管理会計の橋渡し業務に振り向ける戦略が有効である。財務会計の正確性は守りつつ、経営判断のための「もう一つの原価」を、依頼に応じて提供できる経理は、中小企業にとって極めて希少な戦力になる。

まとめ:経理・財務責任者がまず取り組むべきこと

経理・財務責任者が「経営判断の橋渡し役」として価値を発揮するために、実践すべきことは次の通りである。

  • 依頼を受けたら、まず「財務会計用か、管理会計用か」を確認する
  • 管理会計用なら、会計基準ではなく 依頼者の判断目的 から逆算して数字を作る
  • 「だいたい正しい数字を早く出す」訓練を意識的に積む
  • 財務会計用の計算ルールを、管理会計に無批判に流用しない
  • 経営陣に対して「どちらの原価をご希望ですか?」と問い返すことを恐れない

シリーズ第1弾の社長向け記事で扱った「言葉のすれ違い」が 指示の発信責任、第2弾の経営管理層向けが 数字の検証責任 の話だったのに対し、第3弾は 数字の翻訳責任 の話である。階層は違うが、構造は同じだ。「行為そのもの(記帳・計算)」が目的化し、「その行為で何を確かめたいのか」という問いが、誰にも投げかけられないまま放置されている。

そして、この問いを最も早く投げかけられるのは、実は経理・財務責任者なのだと、私は考えている。社内の数字の文法に最も精通している彼らこそ、「同じ言葉に違う意味が含まれている」ことに最初に気づける立場にいる。


HABAねっとは、北陸を拠点に中小企業・個人事業主のDX伴走支援を行っています。「経理DXを進めたい」「経営判断に使える数字を経理から出せるようにしたい」というご相談に対して、財務会計と管理会計の橋渡し設計から伴走しています。

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