「計算が正しい」と「数字に意味がある」は別物である 〜 経営管理層が陥る原価の罠

ある中小製造業の月次経営会議。役員席のテーブルに、製品別原価一覧表が配られている。

営業担当役員「製品Aの原価率がまた悪化していますね」

製造担当役員「原価計算ルールに沿って、毎月正しく出しています」

経理部長「数字は会計基準どおりです。監査でも何の指摘もありません」

社長「……それで、この原価を信じて値上げ交渉していいのか?」

(沈黙)

このすれ違い、原価管理の現場でよく見る光景である。

「計算が正しい」と「数字に意味がある」は別物

経営管理層が陥りやすい思い込みがある。それは、計算式どおりに正確に集計された数字は、自動的に経営判断に使える数字である、という思い込みだ。

しかし、この二つは別物である。

数字の正しさには、二段階ある。

ひとつは、計算としての正しさ。つまり、定められた計算式に正確に数値を当てはめた結果、算数として合っているか。これは外部監査も求めてくる正しさで、財務会計の世界では最も重視される。

もうひとつは、意味としての正しさ。つまり、その計算式自体が、実態を正しく反映する設計になっているか。経営判断に使える数字かどうかは、こちらで決まる。

ところが、多くの中小製造業では、前者(計算の正しさ)は熱心に検証されているが、後者(意味の正しさ)は誰も検証していない。計算式が儀式化している状態である。

計算式が儀式化する原因

ある中小製造業を例に取ろう。20年前に設計された原価計算ルールが、いまも毎月そのまま動いている。

当時は労働集約型で、製品別に投下した人時(にんじ)で間接費を配賦するルールが理にかなっていた。ところが、その後の自動化投資で、機械稼働比率は当時の倍以上になった。製品構成も大きく変わり、外注比率も上がった。

それでも、配賦基準は当時のままだ。なぜか。

理由は単純で、誰もこのモデルを見直す責任者を任命していないからである。

毎月の原価計算は経理が回している。だが経理の役割は「定められたルールどおりに正確に計算すること」であって、「ルール自体が今の実態に合っているか問い直すこと」ではない。

監査法人もそうだ。彼らは「決められた継続性に沿って計算されているか」を確認するのが仕事であって、「そのルールが経営判断に役立つか」は監査の対象外である。

結果として、誰の役割でもないまま、計算式だけが20年動き続けることになる。

財務会計と管理会計の役割混同

このタイプの儀式化が起きる根っこには、財務会計と管理会計の役割の違いが、社内で混同されているという問題がある。

両者の役割は、本来こう違う。

観点財務会計管理会計
主な利用者外部(株主・税務署・銀行)内部(経営者・管理職)
重視する原則継続性・客観性・網羅性速報性・有用性・適時性
計算ルール一度決めたら継続が原則事業実態に応じて随時見直し
検証の主体外部監査経営管理層自身

財務会計は「継続性の原則」を重んじるので、一度決めたルールを安易に変えてはいけない。だから外部監査が「ルールどおり計算されているか」を見る。

ところが、管理会計のルールには、外部監査のような第三者の検証者がいない。経営管理層自身が「このモデルは今でも実態を反映しているか」を定期的に問い直さないと、誰も検証しない。

財務会計用に整えた計算式を、そのまま管理会計に流用している企業では、この検証が抜け落ちる。「計算式は監査で承認されているから大丈夫」と思いこんでしまい、モデルの妥当性は誰も問わなくなる。

モデルの妥当性を疑うべき5つのサイン

経営管理層が、自社の原価モデルを見直すべきタイミングを示すサインがいくつかある。次のいずれかに当てはまる場合、計算式の儀式化が起きている可能性が高い。

  • 配賦基準を最後に見直したのが、5年以上前である
  • 当時と今で、製品構成・自動化比率・外注比率のいずれかが大きく変わっている
  • 営業現場が「うちの原価は実勢より高い・低い」と感じている
  • 製品別利益率の順位が、現場の肌感覚と一致しない
  • 「数字はそうだが、実態は違う」という言葉が、会議で時々出る

これらは、計算が間違っているサインではない。計算式が、もはや実態を映していないサインである。

DXの前に、モデルの再設計を

近年、「BIツールで原価を可視化しよう」「ダッシュボードでリアルタイムに原価を見よう」という提案が、中小製造業にも数多く持ち込まれるようになった。

しかし、可視化の前に確認すべきことがある。それは、可視化しようとしている数字が、そもそも経営判断に使えるモデルから出ているかである。

モデルの妥当性が疑わしい数字を、いくら綠麗にダッシュボード化しても、出てくる結論は変わらない。むしろ、見やすくなったぶん 意味のない数字が広範囲に流通して、誤った判断を誘発するリスク が高まる。

これは私の意見だが、DX文脈で原価管理に手を入れるなら、ツール導入よりも前に、計算モデルそのものを再設計する ほうが、はるかに価値が高い。

まとめ:経営管理層がまず取り組むべきこと

「原価管理を高度化したい」と考える経営管理層が、ツール導入の前に実践すべきことは次の通りである。

  • 配賦基準を最後に見直した時期を確認する
  • 当時と今で、事業実態がどう変わったかを書き出す
  • 営業・現場・経理に「数字と肌感覚のズレ」を聞き取る
  • モデルを見直す責任者を明示的に任命する
  • 財務会計用の計算と、管理会計用の計算を分けて運用する前提を持つ

第1弾の社長向け記事で扱った「言葉のすれ違い」が 指示の発信責任 の話だったのに対し、第2弾は 数字の検証責任 の話である。階層は違うが、構造は同じだ。「行為そのもの(計算)」が目的化し、「その行為で何を確かめたいのか」という問いが失われている。

そして、この問いを社内で投げかけられる人材がいるかどうかが、企業のDXの成否を分けると、私は考えている。


HABAねっとは、北陸を拠点に中小企業・個人事業主のDX伴走支援を行っています。「原価管理を見直したい」「ツール導入の前にモデルから整理したい」というご相談に対して、計算モデルの妥当性検証から伴走しています。

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