値段は、どうやって決まっているのか(5)この客は、いくらまで出すか

「社長、同じ商品なのに、なんであの客には高く出せて、この客には出せないんですか」
「ああ、それは……なんというか、相手を見て、だな」
「その『相手を見て』を、もう少し言葉にできませんか。僕にも分かるように」
「うーん……そう言われると、困るな」

数字で出るものと、人が読むもの

四つの判断も、後半に入ります。

三つ目の「顧客の支払い意思」と、四つ目の「自社の立ち位置」。

この二つには、前の二つ(原価・相場)とは決定的に違う性質があります。

原価も相場も、突き詰めれば数字で出ます。

ですが「この客はいくらまで出すか」「自社をどう位置づけるか」は、数字だけでは決まりません。人が読み、人が決める領域です。

四つの判断を、二つの軸で整理してみると、この違いがはっきり見えてきます。

四つの判断を、一枚に並べる

縦の軸に「数字で出るか、出ないか」。横の軸に「自社の事情か、顧客の事情か」。この二本の線で、四つの判断はきれいに配置できます。

原価・相場・支払い意思・立ち位置を、客観と主観、自社と顧客の二軸で整理したマトリクス図
客観(数字で出る)はAIの領域、主観(数字で出ない)は人の領域。

原価は、自社の事情で、数字で出る。だからAIで可視化できます(第3回)。

相場は、顧客側・市場の事情で、これも数字で出る。だからAIで整理できます(第4回)。

ここまでが、AIの守備範囲です。

残る二つは、数字で出ない側にあります。

  • 支払い意思」は、顧客の事情で、数字になりません。
  • 立ち位置」は、自社の事情で、これも数字にならない。

この2つは、人が読み、人が決める領域なのです。

大事なのは、「数字で出ない」ことは「言葉にできない」ことと同じではない、という点です。

数字にはならなくても、言葉にはできる。そして、そこにAIの別の使い道があります。

「相手を見て」を、言葉に変える

冒頭のやりとりに戻りましょう。

支払い意思」を考えるということは、「相手を見て」値段を加減しているということです。

この「相手を見て」の中身を、ベテランは説明できません。ですが、確かに何かを見ています。

ここでのAIの役割は、原価のときの「聞き出して整理する」から、一歩進みます。判断の変数を、言葉にする手伝いです。

実際のお手伝いでは、AIが質問役になって掘っていきます。

  • 「この客に高く出せたとき、相手はどんな状況でしたか」
  • 「逆に、値切られたときは?」
  • 「急いでいる客と、そうでない客とで、出す値段は変わりますか」
  • 「他に頼める会社が無さそうな客のときは?」

こうした問いを重ねると、ベテランが実践している”相手を見る行為”の中身が、少しずつ具体的な言葉になって出てきます。

たとえば、こんな変数が浮かび上がります。

  • 相手の緊急度
  • 代わりの選択肢があるか
  • 過去の取引の積み重ね
  • 相手にとって、この買い物がどれだけ重要か

ベテランは、これらを無意識に組み合わせて「相手を見て」いた。それが言葉になれば、他の人にも見えるようになります。

数字にできないものは多い。だが、言葉にできないものは、思うより少ない。

立ち位置は、値段より前に決まっている

四つ目の「自社の立ち位置」は、少し性質が違います。

これは個別の値決めのたびに考えるものではなく、その手前で、経営として決めておくものだからです。

安さで選ばれたいのか、それとも価値で選ばれたいのか。

この一点が定まっていないと、個別の値決めは毎回ぶれます。

ある時は強気、ある時は弱気。一貫性のない価格は、顧客に「この会社の値段は交渉しだいだ」というメッセージを送ってしまいます

ここまでで、水面下の四つの判断を、ひととおり見てきました。

原価、相場、支払い意思、立ち位置。可視化できるもの、整理できるもの、言葉にできるもの、あらかじめ決めておくもの。

それぞれに、向き合い方がありました。

さて、これで値決めの全体像は見えた——と言いたいところですが、実はまだ、大きな見落としがあります。

ここまでの話は、すべて「人は合理的に値段を判断する」という前提に立っていました。ですが、その前提こそが、あやしいのです。


次回(第6回)は、この連載の折り返し点。行動経済学を手がかりに、「顧客は値段を正しく見ていない」という事実に向き合います。そして、正しく見ていないのは顧客だけではない、という話へ進みます。

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