
ある中小製造業の月次の生産会議。会議室のスクリーンには、ずらりと並んだ KPI のグラフ。
工場長「歩留まりは先月より0.3ポイント改善しました」
製造係長「設備稼働率は計画比98%です」
品質管理担当「不良率は目標範囲内に収まっています」
社長「……それで、この数字、来月どうやって動かすつもりだ?」
(沈黙)
このすれ違い、生産管理の現場でよく見る光景である。
「測ること」が目的化している現場
生産管理・現場管理職が陥りやすい状態がある。それは、KPI を測ること自体が、毎月のルーティンになっている状態だ。
毎月、決まった指標を集計する。グラフを作る。会議で報告する。先月との比較を口頭で添える。それで、その月の生産管理業務は完了する。
これは仕事として真面目に回っている。だが、ここで立ち止まって問うてほしい。
その KPI を測った結果、来月の現場のどの行動が変わるのか。
この問いに即答できない指標が並んでいるなら、その KPI は 「測ること」が目的化している 可能性が高い。
なぜ KPI 測定は儀式化するのか
ある中小製造業を例に取ろう。10年前に「見える化」のために導入された KPI セットが、いまも毎月そのまま集計され続けている。
当時は、現場に「数字を見て改善する」という文化を根付かせるために、わかりやすい指標を厳選した。歩留まり、稼働率、不良率、リードタイム。これらは導入当初、現場の改善活動を引っ張る役割を果たしていた。
ところが、10年経つうちに、製品構成も、設備構成も、改善のフェーズも、現場の課題も大きく変わった。それでも、KPI セットは当時のままだ。
理由は単純で、「やめる責任者」が誰にも任命されていないからである。
KPI を增やす提案は誰でもできる。「これも測ったほうがいい」という会議の発言は、誰も否定しない。だが、「これはもう測らなくていい」という提案は、誰もしない。やめる決断は、ときに誰かの過去の貢献を否定するように見えるからだ。
結果として、KPI の数だけが增え続け、現場は集計作業に追われ、改善のための時間は奪われていく。
改善につながる KPI と、ただ眺める KPI
ここで、現場管理職が日常的に意識すると有効な区別を整理してみる。
| 観点 | 改善につながる KPI | ただ眺める KPI |
|---|---|---|
| 設計の起点 | 現場の課題から逆算 | 一度決めたまま継続 |
| 数字の使い道 | 来月の行動を変える | 会議の報告で完結 |
| 異常値が出たとき | 原因究明と対策がセット | 「次は気をつけます」で終わる |
| 担当者の意識 | 自分の判断材料 | 経営層に出す資料 |
| 改廃の運用 | 課題が変われば見直す | 一度決めたら継続が前提 |
両者は同じ「KPI」と呼ばれている。しかし、現場での意味合いは全く違う。
改善につながる KPI は、現場の意思決定を支える道具である。今週どの工程に人を厚く配置するか、どの設備の保全を前倒しするか、どのロットを優先するか。こうした判断のために、リアルタイムに近い情報として使われる。
ただ眺める KPI は、月次会議の体裁を整えるためのレポーティング指標である。先月との比較を口頭で添え、グラフを見て頑き合って、会議が終わる。来月の行動は何も変わらない。
問題は、現場のすべての KPI が、知らないうちに後者に流れていきやすい ということだ。
KPI を「やめる責任」を誰が持つか
KPI を新しく增やすことは、提案として歓迎されやすい。「データを取って判断したい」という意欲の表れだからだ。
しかし、KPI を増やせば増やすほど、改善に使われる KPI の比率は下がる。集計の手間が増え、会議が長くなり、現場が「数字を作る作業」に追われていく。改善のための余白が、KPI そのものに圧迫される。
ここで、現場管理職にしか担えない役割がある。
KPI を「やめる」決断である。
経営層からは「いろいろ測ってデータを集めよう」という指示が出る。経理からは「決算用に集計しているのでこれは続けてほしい」という依頼が来る。
現場からは「これも測りたい」という提案が上がってくる。
これらの声に応え続けると、KPI セットは肥大化する。
これを 意識的にスリム化できるのは、現場の実態と KPI の利用状況の両方を一番よく知っている、生産管理・現場管理職しかいない。
KPI を增やすのは誰でもできる。KPI を減らすことに価値を見出せるかどうかが、生産管理・現場管理職の力量 だと、私は考えている。
DXの前に、KPIセットの棚卸しを
近年、「BIダッシュボードで KPI をリアルタイムに可視化しよう」「製造業向けクラウドで生産データを統合しよう」という提案が、中小製造業にも数多く持ち込まれるようになった。
これらのツールは、KPI の集計・可視化の手間を大きく減らす。月次のグラフ作成に1日かかっていた作業が、ダッシュボードで自動更新されるようになる。
しかし、ここに落とし穴がある。集計の手間が減ったぶん、惰性で残っていた「ただ眺める KPI」が、より便利に眺められるようになるだけ という事態が、起きやすい。
KPI セットそのものが見直されないまま、可視化ツールだけが新しくなる。すると、集計作業から解放された時間は、また別の KPI を增やすことに使われ、結局現場の余白は戻ってこない。
これは私の意見だが、BI ダッシュボード導入の前にやるべきは、KPI セットの棚卸し である。今ある KPI のうち、本当に改善行動に使われているのはどれか、ただ眺めているだけのものはどれかを、現場管理職が一度仕分ける。やめる KPI を決める。これをやってから、残った本当に必要な KPI だけをダッシュボード化する。
この順番を逆にすると、DX投資のリターンは大きく目減りする。
まとめ:生産管理・現場管理職がまず取り組むべきこと
KPI が「改善のための道具」として機能するために、現場管理職が実践すべきことは次の通りである。
- すべての KPI について「この数字を見て、来月どの行動が変わるか」を問い直す
- 答えられない KPI は、「やめる候補」としてリストアップする
- KPI を增やす提案には、必ず「やめる KPI とセットで」のルールを置く
- 経営層・経理・現場からの「測ってほしい」依頼には、利用目的を確認してから受ける
- BIツール導入の前に、KPI セットの棚卸しを完了させる
シリーズ第1弾の社長向け記事が 指示の発信責任、第2弾の経営管理層向けが 数字の検証責任、第3弾の経理向けが 数字の翻訳責任 の話だったのに対し、第4弾は 数字の測定責任 の話である。
階層は違うが、構造は同じだ。「行為そのもの(KPI集計)」が目的化し、「その行為で何を確かめたいのか」という問いが、誰にも投げかけられないまま放置されている。
そして、この問いを現場で投げかけられるのは、生産管理・現場管理職である。
現場で何が起きているか、KPI がどう使われているかを、最も近くで見ている彼らこそ、「もうこの数字は要らない」と言える立場にいる と、私は考えている。
KPI を增やせる人は多い。減らせる人は希少だ。その希少な役割を担えるかどうかが、現場の DX の成否を分ける。
HABAねっとは、北陸を拠点に中小企業・個人事業主のDX伴走支援を行っています。「生産管理のKPIを見直したい」「BIダッシュボード導入の前に、測るべき指標を整理したい」というご相談に対して、KPIセットの棚卸しから伴走しています。