数字が合わない工場(第5話)痛みが消えると

棚卸しを月末に揃えてから、三月ほど経った頃でした。

変化は、私が予想していたのとは、少し違う形でやってきました。感謝の言葉が届いたわけでも、誰かが複めてくれたわけでもありません。ただ、現場の空気が、少しずつ、変わっていったのです。

きっかけは、ある朝の、一本の電話でした。


── 現場から、一本の電話 ──

その日、私が事務所の机で伝票を捌いていると、内線が鳴った。現場の、仲田さんからだ。

仲田さんが、私に、電話をかけてくる。半年前なら、考えられないことだった。

受話器の向こうで、仲田さんの、ぶっきらぼうな声がした。

「おい、来月頭のあの仕事な。材料、足りとるか」

用件は、材料の在庫確認だった。

以前の仲田さんなら、こんなことを私に聴いたりはしなかった。自分の記憶と勘で、「まあ、あるだろう」と見切り発車していた。それがこの会社の、長年のやり方だった。

けれど、その朝、仲田さんは、私に聴いてきた。

「五十ミリの丸鋼ですね。少々お待ちを」

私は、システムを開いた。以前なら、この数字は当てにならなかった。けれど今は違う。月末に、現物と突き合わせて、精度を確かめてある。私は、自信を持って答えた。

「十四本、あります。あの仕事で使うのは十本ですから、足ります」

短い沈黙のあと、仲田さんは、ぶっきらぼうに「そうか」とだけ言って、電話を切った。

礎の言葉は、なかった。けれど、私には分かった。仲田さんは、システムの数字を、信じてくれた。自分の勘より、私が整えた数字を、頼りにしてくれたのだ。


なぜ、仲田さんは変わったのか。

正論で説得したからではありません。私は一度も、仲田さんに「システムを信じてください」と言った覚えがない。

変えたのは、痛みが消えたことでした。

少し、以前の話をします。在庫の精度が悪かった頃、この工場では、こんなことが日常的に起きていました。

生産計画は出ている。図面も揃っている。さあ削ろう、という段になって——材料が、足りない。

システム上は「ある」ことになっていた材料が、現場に行くと無い。あるいは、別の場所に紛れていて、すぐに出てこない。そのたびに、現場は止まりました。急ぎの電話で材料を手配し、納期をずらし、段取りを組み直す。仲田さんたちは、そのしわ寄せを、いつも被っていたのです。

生産管理が「作れ」と指示を出しておきながら、その材料が無い。

考えてみれば、これほど現場を馬鹿にした話もありません。けれど、それが常態でした。誰も、根本を直そうとしないまま、みんなが、その場しのぎで凌いでいた。


在庫の精度が上がると、この「材料切れ」が、目に見えて減りました。

「ある」と言えば、ある。「足りる」と言えば、足りる。当たり前のことです。けれど、その当たり前が、この工場では、久しく失われていた。

現場は、理屈でそれを理解したわけではありません。ただ、体で感じたのです。最近、材料切れで慧てることが、減った。段取りの組み直しが、減った。仕事が、前より、すっと流れる。

その感覚が、じわじわと、現場の私を見る目を変えていきました。

正論では、人は動きません。痛みが消えたとき、はじめて人は動く。

これは、私がこの半年で掛んだ、いちばん大きなことでした。

「システムを信じるべきだ」といくら説いても、仲田さんは動かなかったでしょう。けれど、「材料切れの痛みが消える」という体験は、どんな正論よりも雄弁でした。人を動かすのは、正しさではない。その人自身の、体が覚えた実感なのです。


現場の空気が変わっていく手応えを、私は、確かに感じていました。

半年前、あれほど遠かった現場が、少しずつ、こちらに開いてくる。仲田さんが電話をよこす。若手の石金さんが、棚卸しのやり方について、自分から質問してくる。「この品番、どこに置けばいいっすか」と。

うまくいっている。私は、そう思っていました。

これで、この会社は変わっていく。在庫で作った小さな信頼を足がかりに、次は発注、その次は——と、頭の中では、もう次の絵を描きはじめていた。

いま思えば、そのときの私は、また少し、得意になっていたのだと思います。

そして、得意になっているときほど、足元は見えていないものです。


── 給湯室の、立ち話 ──

ある日の、夕方だった。

私が事務所を出ようとしたとき、給湯室のほうから、声が漏れ聞こえてきた。事務の何人かが、立ち話をしている。私の名前が、その中に混じっていた。

足が、止まった。

聞くつもりは、なかった。けれど、聞こえてしまった。

「……あの人、また夜に一人で工場入っとったらしいよ」

誰かが、そう言った。別の声が、応じる。

「変わっとるよねえ。何がしたいんだか」

「現場ばっかり行って、こっちの仕事は手伝わんし」

三人目の声も、混じっていた。

短い、他愛のない立ち話だった。悪意すら、たぶん、なかった。ただの、噴話。

けれど、その一つひとつが、私の胸に、冷たく刷さった。


私は、現場のことしか、見ていませんでした。

在庫を直し、現場の信頼を得て、それで会社が変わっていく——そう信じていた。けれど、この会社には、現場に出ない人たちがいる。営業。技術。経理。庲務。事務所に机を並べる、その人たちにとって、私は何者だったか。

夜な夜な工場に一人でこもり、現場とばかり話し、事務所の仕事には関わらない、得体の知れない中途入社の男。

彼らには、私のやっていることの意味が、まるで見えていませんでした。

無理もないのです。在庫精度が上がったことの恩恵を、彼らは体で感じる場所にいない。材料切れの痛みも、その痛みが消えた喜びも、現場のものです。事務所の人たちには、その変化に触れる接点が、そもそも無かった。

結果に触れない人にとって、私のプロセスは——夜の棚卸しも、現場への日参も——ただの、理解できない奇行にしか見えなかったのです。

(……現場だけ、見ていればいいと思っていた)

背中に、あの夜の倉庫とは違う種類の、冷たさが走った。


この「変わり者」という評判は、後々まで、私に重くのしかかってくることになります。

面と向かって反対されるのなら、まだいい。議論して、説得する余地がある。けれど、給湯室の噴話には、反論のしようがありません。気づいたときには、もう、そういう人物として、社内に像が結ばれている。

正しいことをやっていれば、いつか分かってもらえる。

そう信じたい気持ちは、ありました。けれど、それは半分、甘えでした。人は、自分に見える範囲でしか、他人を評価できない。事務所の人たちに見えていたのは、私の「奇行」だけ。成果は、現場という、彼らの視界の外にあったのです。


それでも、あの頃、夜の倉庫に付き合い続けてくれた人が、一人だけいました。

柴田常務です。

事務所の誰もが私を「変わり者」と噴していた頃、常務だけは、あの薄暗い倉庫で、私が何と格闘しているのかを、その目で見ていました。だから、常務だけは、私のやっていることの意味を、知っていた。

その事実が、当時の私を、かろうじて支えていたように思います。


さて、在庫は、ひとまず形になりました。

現場の信頼も、少しずつですが、得られてきた。けれど、この会社の「合わない数字」は、在庫だけではありませんでした。

もう一つ、根の深い場所があったのです。

仕入れ。毎月の、支払い。仕入先から届く請求書と、社内の記録が——これもまた、まるで合っていませんでした。

そして私は、次の戦場へと、足を踏み入れることになります。そこで待っていたのは、在庫よりも、ずっと厄介な相手でした。


(第6話へつづく)


この物語は、実話をもとにしたフィクションです。

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