「なんでこの値段にしたの?」
「いや、なんとなく……いつもこのくらいなので」
・・・値決めの理由を尋ねると、たいていこの答えにたどり着きます。
悪気はありません。ただ、本当に「なんとなく」なのでしょうか。
「なんとなく」の下には、確かに何かがある
前回、値決めはどんな商売にも必ず発生し、利益への効き方が最も速い仕事だとお伝えしました。
今回は、その中身に一歩踏み込みます。なぜ、これほど重要な仕事が「なんとなく」で決まってしまうのか。
結論を先に言えば、「なんとなく」は、実は「なんとなく」ではありません。
ベテランが値段を決めるとき、頭の中では、確かに複数の判断が働いています。ただ、それが本人にも見えていない。だから「なんとなく」としか言えないのです。
ここで、一つのたとえを使ってみます。値段を氷山に見立ててみます。
見えている「値段」は、氷山の一角にすぎない
顧客が目にするのは、見積書に書かれた一つの数字だけ。海の上に出た、氷山の一角です。
ですが、その数字を決めるまでに、水面下ではいくつもの判断が動いています。

ざっと挙げれば、四つ。
一つ目は原価。材料費、人件費、外注費。積み上げれば出るはずの数字ですが、後の回で見るように、これが正確に分かっている会社は、意外と少ないのです。
二つ目は相場。同業がいくらでやっているか。市場が、いくらまでなら受け入れるか。
三つ目は顧客の支払い意思。この客は、いくらまでなら出すか。急いでいるか、他に選択肢があるか。ベテランが「相手を見て」加減している部分です。
四つ目は自社の立ち位置。安さで選ばれる存在でいたいのか、価値で選ばれたいのか。値段は、その宣言でもあります。
ベテランは、この四つを一瞬で、しかも同時に見ています。長年の経験で、いちいち意識しなくても判断できるようになっている。それ自体は、すばらしい熟練です。
熟練が「個人の中に閉じている」という問題
問題は、熟練の中身にあるのではありません。その熟練が、その人ひとりの頭の中だけに閉じていること。そこにあります。
本人が「なんとなく」としか言えないのですから、隣の若手に教えることもできません。マニュアルにも書けない。そしてその人が異動したり、退職したりすれば、四つの判断ごと、会社から消えてしまいます。
誤解しないでいただきたいのは、これは「勘で決めるのが悪い」という話ではない、ということです。勘そのものは、価値ある資産。問題は、その資産が個人に紐づいたまま、組織の共有財産になっていないことにあります。能力の問題ではなく、構造の問題なのです。
見えないものは、引き継げない。引き継げないものは、いつか失われる。
だとすれば、やるべきことは見えてきます。水面下に沈んだ四つの判断を、一つずつ、水面の上に引き上げていくこと。見えるようにすれば、教えられます。教えられれば、引き継げます。
この連載の後半では、その「引き上げる」作業をAIがどう助けるかを、具体的に見ていきます。ですがその前に。まずは沈んでいる四つの判断そのものを、一つずつ丁寧に眺めておきましょう。
次回(第2回)は、四つの判断を掘る前に、そのすべての土台となる問いを扱います。「そもそも、自社の強みは何か」。値段を決める前に答えを出しておくべきこの問いに、AIをどう使うか。そこを見ていきます。