前回は「AIに触れない経営者」の話でした。
今回はその正反対、勢いよく飛びついていく経営者の話です。
「触れない」より「やってみる」方がいいに決まっている。普通はそう思いますよね。私もそう思っていました。
ところが現場を見ていると、前のめりすぎる経営者もまた、独特の失敗の仕方をするのです。しかもその失敗は、触れない経営者よりたちが悪いことがある。
今回はその落とし穴を見ていきます。
「セミナーで聞いて、翌月には全社導入」
よくあるパターンがあります。
経営者がセミナーや勉強会で生成AIの話を聞いて、強く感銘を受ける。「これはすごい、うちもやろう」と。
そして翌月には、全社員にAIツールの導入を宣言する。
勢いは素晴らしい。けれど現場はついてきません。
「今のやり方で十分回っている」
「使い方が分からない」
「自分の仕事が奪われるのでは」
そういう声が静かに広がって、数か月後にはほとんど誰も使っていない。号令だけが宙に浮く。
こういう例は、実際に数多く報告されています。
なぜこうなるのか。きっかけが「自社の課題」ではなく「外から来た刺激」だったからです。
セミナーや成功事例、メディアの話題。それ自体は悪くありません。
でも、そこで語られるのは決まって成功例ばかりで、その裏にある前提条件や失敗は見えない。
「あの会社にできたなら、うちにも」と思った時点で、自社の足元の確認が飛んでしまうのです。
過熱を生む、四つの燃料
前のめりが行きすぎる背景には、いくつかの燃料があります。
私が見てきた範囲では、だいたい四つに整理できます。
一つ目は、成功事例の摂りすぎ。良い話ばかり浴びて、自社の前提を飛ばして期待だけが膨らむ。
二つ目は、万能感。仕組みを知らないほど、AIは何でもできる魔法の箱に見えてしまう。
三つ目は、焚り。「同業も始めた、乗り遅れたくない」という競争心が、冷静な検討を追い越す。
四つ目は、即効性への期待。ツールを入れた翌月には数字が変わると思ってしまう。
この四つうちいくつかが重なると、「とにかく導入すること」自体が目的になります。
本来は「解きたい課題があって、その手段としてAIがある」はずなのに、順番が逆転して「AIを入れること」が先に来てしまう。
つまり、こういうことです。
手段が目的化したとき、人は「何のために導入するのか」を問わなくなる。
期待には、必ず「谷」が来る
前のめりで始めたプロジェクトは、たいてい同じ道をたどります。
期待を高くして勢いよく着手する。前提の整理を飛ばしているので、すぐには成果が出ない。「あれ、思ったほどじゃないな」と感じる。そして「AIは使えない」と結論づけて、撤退する。
新しい技術には、期待が一気に持ち上がったあと、現実とぶつかって急降下する局面が必ずあります。
いわゆる「幻滅の谷」です。これはAIに限った話ではなく、新技術が普及する過程で繰り返し観察されてきたパターンです。
大事なのは、この谷は避けられないということです。期待が高ければ高いほど、落差は大きくなる。
だから前のめりな経営者ほど、深い谷に落ちる。そして問題は、谷そのものよりも、谷に落ちたあとの反応にあります。
触れない人より、たちが悪い理由
谷に落ちた経営者が「やっぱりAIは使えない」と確信してしまうと、これがなかなかやっかいです。
一度高く期待した反動で、今度は強いアンチに転じる。「うちは試した、ダメだった」という経験が、組織の記憶として残ってしまう。
こうなると、最初から触れていなかった経営者よりも、説得が難しくなります。
触れていない人は「まだ知らない」だけですが、一度幻滅した人は「知った上で拒絶している」からです。次の挑戦への抵抗が、一段と固くなります。
とはいえ、前のめりは、それ自体は悪いことではありません。むしろ貴重なエネルギーです。
問題は、そのエネルギーが空回りして、反動で冷え切ってしまうこと。
だから前のめりな経営者に対しては、熱を冷ますのではなく、現実的な軌道に乗せ替えることが要ります。
熱を否定せず、順番だけを足す
では、前のめりな経営者にどう向き合うか。私が心がけているのは、「できません」と止めないことです。「やりましょう、ただし順番があります」と返す。
熱量はそのまま活かしたい。
その上で、着手する前に「何か月で、何が、どれくらい変わったら成功と呼ぶのか」を一緒に決めておく。
ここを最初に握っておくと、期待が天井知らずに膨らむのを防げます。
そして谷が来たときにも「想定の範囲内だね」と踏みとどまれるのです。
もう一つ大事なのは、AIにできること・できないことを、最初に正直に伝えることです。
万能の箱ではないと分かってもらう。
これは熱を削ぐようでいて、実は過剰な期待をやわらかく解除し、長く付き合える土台になります。
第2話のまとめ
飛びつきすぎる経営者は、課題より先にAI導入を目的化し、深い幻滅の谷に落ちて、反動で強いアンチになりがちでした。
AIに触れないタイプとは正反対に見えます。
でも、よく考えると両者の根っこは同じです。
触れない人はAIを実態より小さく見ていて、飛びつく人は実態より大きく見ている。
どちらも「AIの本当の姿」を正しく見積もれていない、という一点で共通しているのです。
次回は、この両極の間にいる三つ目のタイプ ── きちんと役割を理解して取り込む経営者を加えて、三者を分けるものは何かを考えていきます。