経営者とAIの距離(1)なぜ多くの経営者はAIに触れないのか

経営者「AI、やった方がいいのは分かってるんですけどね」

ある経営者の方と話していて、何度この言葉を聞いたか分かりません。

分かっている。でも動けない。そういう状態に、多くの経営者がいます。

世の中では生成AIがこれだけ話題になり、新聞でもテレビでも毎日のように取り上げられている。それなのに、自社では手をつけていない。あるいは、手をつけたいのに踏み出せない。

これは怠慢でも、不勉強でもありません。

この連載では、その「触れなさ」の正体を、できるだけ丁寧に分解してみたいと思っています。

第1話は、まず「なぜ多くの経営者はAIに触れないのか」という、いちばん入り口の問いからです。

「お金がないから」ではない、という違和感

触れない理由を尋ねると、たいてい最初に返ってくるのは「コストが」「人がいない」という答えです。

確かにそれは事実でしょう。初期投資はかかるし、運用できる人材も社内にいない。

もっともな理由に聞こえます。

でも、私はそこに少し違和感を持っています。

なぜなら、同じくらいの予算規模の設備投資には、わりとすんなり判断を下す経営者が、AIとなると急に足が止まることがあるからです。

設備なら「何年で回収できる」と計算できます。

けれどAIは、入れた結果いくら儲かるのか、いくら浮くのかが、事前にうまく計算できない。

つまり止まっているのは「お金がない」からではなく、「お金を出す判断の根拠が作れない」からなのではないか。私はそう考えるようになりました。

触れない理由は、しばしば「コスト」ではなく「判断の正しさを、あとから証明できない不安」にある。

二つの層に分けてみる

「触れない」の中身を、私は大きく二つの層に分けて考えています。

一つは構造的な要因。

もう一つは心理的な要因です。

構造的な要因というのは、組織や環境に根ざした、ある程度は目に見える制約です。

予算が実際にない。AIを扱える人材が社内にいない。既存のシステムとの相性が悪い。情報漏洩のリスクが怖い。

こういった、誰が見ても「確かにそれは障害だね」と分かるものです。

もう一つの心理的な要因は、もっと内側にあって、見えにくい。

  • 「分からないものを導入するのが怖い」
  • 「失敗したときに責任を負いたくない」
  • 「部下の前で、自分が理解できていないものを扱いたくない」。

こういう感情です。

やっかいなのは、この二つがしばしば入れ替わって語られることです。

本当は心理的にためらっているのに、口では「予算がなくて」と説明される。

逆に、本当に予算が厳しいのに「まだ早い気がして」と心理の問題のように語られる。

だから、表に出てきた言葉だけを真に受けると、本当のボトルネックを見誤ります。

同じ「コスト」でも、処方箋は正反対

具体的に考えてみます。

たとえば同じ「コストが理由で動けない」という経営者が二人いたとします。

一人は、本当に予算がない。この場合の打ち手は明快です。

補助金を使う、月額数万円から始められるサービスを選ぶ、初期投資を圧縮する。お金の問題には、お金の解き方があります。

けれどもう一人は、予算はあるのに「無駄になったら怖い」で止まっている。

この人に補助金の話をしても、あまり響きません。

なぜなら止めているのはお金ではなく、損をしたくないという気持ちだからです。

この人に必要なのは、小さく試して「あ、これくらいなら失敗しても痛くないし、ちょっと効いたな」という体験です。

同じ「コスト」という言葉でも、構造の問題か心理の問題かで、打つべき手はまるで逆になる。

だから私は、相手が口にした理由をそのまま受け取らず、その奥にあるのは構造なのか心理なのかを、まず見立てるようにしています。

いちばん奥にあるもの ── 課題が言葉になっていない

そして、構造と心理のさらに奥に、もう一つ大きな壁があります。

それは「そもそも、自社の課題が言葉になっていない」という壁です。

「AIで何かできませんか」と相談に来られる経営者の多くは、はっきりした困りごとを持っているわけではありません。

むしろ「なんとなく競争が厳しくなった気がする」「昔のやり方で回らなくなってきた」という、漠然とした違和感を抱えている。その違和感は本物です。

けれど「では具体的に、どの業務の、何が問題ですか」と尋ねると、言葉に詰まってしまう。

これは経営者が悪いのではありません。

経営の現場は直感で動く場面も多く、感じていることを数字や言葉で説明するのは、もともと簡単なことではないのです。

でも、ここがAIに触れられるかどうかの分かれ目になります。

  • 課題が言葉になっていなければ、AIに何をさせればいいのかも決まらない。
  • 何をさせるか決まらなければ、効果も測れない。
  • 効果が測れなければ、投資の判断もできない。

すべては「課題の言語化」というスタート地点から始まっているのです。

もう一つの、見えにくいハードル

最後に、課題の言語化より、さらに手前にあるハードルについても触れておきたいと思います。それは「初対面の相手に、自社の弱みを見せること」そのものへの抵抗です。

経営者は「できる人」として見られたい。外部の専門家やコンサルタントには、特にそうです。「実は在庫管理がぐちゃぐちゃで」「営業がすっかり属人化していて」といった弱点を、初めて会った人に打ち明けるのは、相当な決断がいります。

だから、課題を言語化する以前に、「この人になら話してもいいかな」と思える関係があるかどうかが効いてくる。私自身は、初対面でいきなり相手に開示を求めるのではなく、まず自分の失敗談やつまずきを先に話すようにしています。先に手の内を見せると、相手も少しだけ肩の力を抜いてくれる。そんな実感があります。

第1話のまとめ

「触れない」の正体は、お金そのものではありませんでした。判断の正しさをあとから証明できない不安があり、その奥には課題が言葉になっていないという壁があり、さらにその手前には弱みを見せたくないという心理がある。何層にも重なっているのです。

では、触れない人がいる一方で、逆に勢いよく飛びついていく経営者もいます。前のめりなら成功するかというと、実はそうとも限りません。次回は、その「飛びつきすぎる経営者」の落とし穴を見ていきます。触れない人とは正反対に見えて、根っこは同じだった、という話です。

HABAねっとは、北陸を拠点に中小企業・個人事業主のDX伴走支援を行っています。「AIをやった方がいいのは分かっている」その一歩手前で止まっている方こそ、まず課題を一緒に言葉にするところから始めませんか。「ツール選定」ではなく「課題」「業務」「人」から設計するDXを、一緒に組み立てます。

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