「AIで人が減らせる」と言った経営者と、私が黙ってしまった話

経営者「AIってすごいね。あれだけ自動でやってくれるなら、うちもそろそろ人を減らせるかな」

「……減らせる会社と、減らせない会社があるんです」

先日、ある経営者の方とそんな会話になった。返事に少し詰まったのを覚えている。「減らせます」と即答できなかったからだ。

AIによる開発や業務の自動化は、いまや実演を見れば誰でも「すごい」と感じる段階に入った。

指示を一つ出せば、コードを書き、動かし、自分でテストして、間違っていれば直す。そういうツールが、特別な会社だけのものではなくなってきた。

だから「AIで工数が減る」というのは、もう疑いようのない事実だと思う。問題はその先だ。

同じツールを入れて、同じように工数が減るはずなのに、ある会社では成果が出て、別の会社では「なんとなく少し楽になった」で終わってしまう。

この差はどこから来るのか。これは私がここ最近ずっと考えているテーマでもある。

「設計できる人を育てよう」では、もう足りない

AI時代の人材論として、よく語られる結論がある。

「手を動かす作業は減るが、AIをどう使うか設計できる人は必要になる。だからそういう人を育て、置きましょう」というものだ。

これは正しい。正しいのだが、きちんと考えている経営者ほど「まあ、そうだよね」と感じてしまう。すでに気づいていることだからだ。正論は、聞いた人を動かさない。

そこで今回は、あえてこの正論を三つの角度から裏返してみたい。「うちは大丈夫」と思っている前提を、一つずつ崩しにいく試みだ。

盲点1:AIは「育てる前に壊す」

「設計できる人を置けば回る」という話は、その会社の業務がきちんと定義されていることを前提にしている。

だが現場で先に起きるのは、それとは逆のことだ。

AIに業務を任せた瞬間、これまで人が暗黙のうちに吸収していたものが一気に表面化する。あの人なら分かっている例外処理、口頭で済ませていた申し送り、長年の勘でやっていた判断。それらが全部「定義されていない仕様」として、エラーや想定外の挙動になって噴き出す。

つまりAIを入れるという行為は、その会社の業務がどれだけ曖昧なまま回っていたかを可視化する行為でもある。設計できる人がいても、設計する対象である「自社の業務ルール」が言葉になっていなければ、設計のしようがない。

問うべきは「誰を育てるか」ではなく、「うちの業務は、そもそも他人に渡せる形になっているか」だ。

そして厄介なのは、この問いの答えが多くの会社で「ノー」であること。

さらに厄介なのは、経営者自身は「うちはちゃんとしている」と思い込んでいることが多い、という点だ。

ここに大きなギャップがある。

盲点2:「生産性向上」の勘違い

「生産性向上」という言葉を聞いたとき、多くの人が思い浮かべるのは「単位時間あたりに、どれだけ大量のアウトプットを出せるか」という問いだ。

これが、盲点の入口だ。

この定義は、大量生産・大量消費の時代に形成されたものだ。

「速く・多く作れるか」が競争軸だった時代、測定しやすい量的指標こそが生産性の全てだった。それは当時の文脈では合理的だった。

しかし業務には、量では測れないものがある。

信頼性、確かさ、安定性。ミスが起きない、後工程に余計な負担をかけない、顧客の期待を裏切らない——こういった「質」は、数字に出にくい。出にくいから管理指標に入らない。入らないから、「生産性向上」の射程外に置かれ続けてきた。

その結果、時間が浮いたときに組織が取りがちな行動は二つになる。「もっと量をこなせ」か、「管理を増やせ」かだ。

私がかつて在籍したある会社で、実際にそれを目撃した。

業務改善によって現場に余白が生まれた。しかしその時間が向かったのは、付加価値ではなかった。

① チェック用の帳票が新設される

② その帳票への記入が義務化される

③ 記入ミスや漏れを見つけ、叱責・威嚇に使う

④ 空いた時間に、業務と無関係な「スキルアップ研修」が課される

浮いた時間は、「管理する側が仕事をしている感を出すための仕事」に変換されていった。これは一社の特殊事例ではない。ネットを見れば同様のパターンは無数に出てくる。

JTC(Japanese Traditional Company)と呼ばれる日本の会社では特に発生しやすいが、中小企業でも経営者がその文化を持ち込めば同じことが起きる。

根っこにあるのは、大量生産時代の亡霊とも言える思想だ。生産性の定義が「量」しか見ていないから、余白が生まれても「質への投資」という発想が出てこない。

改善の果実は、より賢い働き方ではなく、より重い管理へと流れていく。

AIはこの構造を加速させるリスクがある。量的アウトプットをAIで爆増させながら、質の担保は人間の暗黙知に依存したまま——という最悪の組み合わせになりやすい。「生産性が上がった」と見えて、実は組織の劣化が静かに進んでいる、という状態だ。

問うべきは「どれだけ速くなったか」ではなく、「何のために速くなるのか」だ。

盲点3:「設計できる人」は、外からは雇えない

ここが、世間の常識を一番裏切る部分かもしれない。

世の中は「AI人材を採用しよう」と言う。

だが、AIに渡すための業務設計は、その会社固有の業務文脈、顧客、製品、そして無数の例外を知らないとできない。外から来たAIの専門家は、AIには詳しくても、あなたの会社の業務は知らない。

つまり「設計できる人」とは、外部のAI専門家ではない。自社の業務を知り尽くした既存の社員が、AIの使い方を覚えた人のことだ。

育成すべき相手は、新しく採るデジタル人材ではなく、現場のベテランのほうである。

多くの経営者は、これを逆に考えている。「若いデジタル人材を採ればいい」と。

だが本当のところ、最重要資産は、そろそろ引退するかもしれないあのベテランの頭の中にある。

共通しているのは、たった一つのこと

三つの盲点に共通する裏テーマは、シンプルだ。

AIの成否を分けるのは、技術選定でも人材論でもない。「自社の業務を、どれだけ言語化・構造化できているか」という、その会社固有の準備度だということ。

道具はもう、どの会社にも同じように手に入る。それなのに成果が分かれるのは、暗黙知の扱い、データの質、そして組織がどれだけ健全に業務を共有できているか、という土台が違うからだ。

冒頭の経営者に、私はこう言い直すべきだったのだと思う。

「AIで作業は確かに減ります。でも、それが御社で本当に起きるかどうかは、AIの性能ではなく、御社の業務が他人に渡せる形になっているかで決まります。そしてそれを設計できるのは、外から来たAIの専門家ではなく、辞める前のあのベテランなんです」

おわりに

HABAねっとは、北陸を拠点に中小企業・個人事業主のDX伴走支援を行っています。「AIを入れる」より前に、「うちの業務は他人に渡せる形になっているか」を一緒に棚卸しするところから始めます。ツール選定ではなく、課題・業務・人から設計するDXを、一緒に組み立てます。

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