※ 本作は著者の実体験をベースに、一部演出や脚色を加えて構成した物語です。
最後に残ったのは、紙そのものが、消えるという問題でした。
単価は、守れるようになった。確認日という仕掛けが、正しさの鮮度を、見張ってくれる。けれど、月末になると、あるはずの紙が見当たらない。届いたはずの納品書が、請求書と照らそうとすると、どこにも、ない。中身の正しさ以前に、中身を載せた紙が、行方をくらます。
この、最後の相手と向き合った話を書きます。そして、この話の終わりで、私は、思いがけないものに、再会することになります。
── 「書類が多いから捨てて」──
紙が、どこで消えるのか。私は、その足取りを、追いはじめた。
たどっていくと、あることが分かった。仕入先から品物が届くとき、そこには、いろいろな紙が付いてくる。納品書、送り状、たまに、値上げの案内のような紙も、混じっている。それらは、荷物を受け取った現場や倉庫で、いったん、留め置かれる。そして——そのうちの何割かが、消えていた。
なぜ消えるのか。理由を聞いて、私は、少しのあいだ、言葉を失った。
昔、誰かが、こう言ったのだという。「書類が多くて、じゃまだから、いらないやつは捨てて」と。
誰が言ったのか。いつのことか。もう、誰も、正確には覚えていなかった。ただ、その一言だけが、慣習として現場に残っていた。届いた紙のうち、自分に関係なさそうなものは、捨てる。あるいは、どこかに置いて、忘れる。それが、いつのまにか、当たり前になっていた。
皮肉な話でした。
聞くところによると、その「捨てて」と言った者は、かつての生産管理側の人間だったらしい、というのです。つまり、私と、同じ役回りの、昔の誰か。書類の山を減らそうとした、その一言が、めぐりめぐって、いま、月末の突合を、苦しめていた。
けれど、その人を、責めることは、できませんでした。
誰の判断だったのか、もう、確かめようがないのです。名前も、日付も、残っていない。記憶だけが、伝言のように受け継がれて、慣習になっていた。まさに、この会社そのものでした。記録ではなく、記憶で回る世界。その世界の、行き止まりを、私は見ていました。
確認日を刻むことで、単価は守れた。でも、そもそも紙が消えてしまえば、確かめる相手すら、なくなる。
── 全部、こちらへ ──
私が出した答えは、単純でした。
「入荷したとき付いてきた書類は、種類を問わず、全部、こちらへ回してください」
現場や倉庫で、要る・要らないを、判断しなくていい。判断ごと、生産管理が、引き取る。関係あるかないかを見分けるのは、現場の仕事ではない。それは、全体を見る立場の、私の仕事だ。現場には、ただ、「付いてきた紙は、全部そのまま渡す」とだけ、お願いした。
これも、頭を下げて、回るしかありませんでした。倉庫に、現場に、一つずつ。
八倉巻さんの倉庫にも、行きました。
── 倉庫で ──
八倉巻さんは、フォークリフトを降りて、軍手で額の汗を拭った。六十近い、その顔に、私は、書類を全部こちらへ回してほしい、と頼んだ。
八倉巻さんは、少し、きょとんとした。それから、倉庫の机の隅に積まれた、くしゃくしゃの伝票の束を、無造作に手に取って、私に差し出した。
「ああ、これな。ええよ。……こんなもん、どこに置いときゃええか、わしもよう分からんかったんや」
束を、私の手に、ぽん、と載せる。
「あんたに渡しときゃ、間違いないんやろ」
私は、その束を、両手で受け取りました。
第二話で、この人は言いました。「置けるとこに、置いとるだけやよ」と。あのとき、悪びれもせず笑ったこの人が、いま、「あんたに渡しときゃ、間違いない」と言っている。置き場所が分からなかった紙を、渡す先が、できた。それだけのことが、この会社にとっては、たぶん、大きな変化でした。
八倉巻さんは、最初から、敵ではありませんでした。ただ、渡す先が、なかっただけだったのです。
── 取引先コードで、並べ替える ──
集まってくる書類を、私は、あらためて綴じ直すことにした。
それまでの綴じ方は、仕入先の名前の、五十音順だった。「あ」の会社、「か」の会社。悪くはない。ただ、同じ会社でも、担当者によって、読み方の感覚が違った。「マルヨシ」を「ま」に入れる人と、正式名称の頭で「か」に入れる人がいて、探すたびに、揺れた。
私は、それを、取引先コード順に、改めることにした。会社ごとに、番号を振る。番号で、綴じる。番号で、探す。感覚ではなく、番号で。
その並べ替えを、石金さんが、手伝ってくれた。
── 並べ替えながら ──
石金さんは、二十代半ば、入社数年目の若手だった。棚卸しのころから、素直に「これ、どこに置けばいいっすか」と聞いてくる男だった。
バインダーを、番号順に並べ替えながら、石金さんは、ふと、手を止めた。ラベルの番号を、指でなぞる。
「これ、番号で探せば、一発っすね」
なんでもない、ぽろっと出た一言でした。けれど、私には、その一言が、妙に、胸に残りました。
感覚で探していたものが、番号で、一発で、見つかる。それが、この若い男には、ごく自然な、当たり前のことに見えている。ベテランが長年の勘で覚えていた「地図」を、番号が、誰にでも使える形にしていく。新しい仕組みの、最初の使い手は、いつも、次の世代なのだと思いました。
石金さんが、また、次のバインダーを、番号順に差し込む。その手の動きを、私は、横で見ていた。
そして——その並んでいくバインダーの背表紙を見ているうちに、私は、ふいに、動けなくなりました。
── 既視感 ──
これは、見たことがある。
番号で並んだ、書類の背。番号を辿れば、目当てのものに、一発でたどり着く。この光景を、私は、ずっと昔に、見ている。
二十代の、あの仕事だ。
海外から、商品を調達していた。あのころ、私は、まだ珍しかった仕組みを使って、受発注の台帳を、自分で組み上げた。注文の一つずつに、番号を振った。その番号に、単価も、納期も、ぶら下げた。さらに、その仕組みを、会社の、もっと大きなデータの土台とつなげた。番号を一つ手繰れば、書類も、在庫も、いま荷物が海のどこにあるかまで、すべてが、たどれた。
情報は、番号で、つながっていた。孤立した紙は、一枚も、なかった。
当時の私は、それを、当たり前だと思っていました。若くて、そういう道具が手に馴染んでいて、番号で世界をつなぐことが、自然にできた。どれほど手の込んだことをしていたのか、正直、あのころは、よく分かっていませんでした。
いま、四十を過ぎて、この工場で、私がやっていること。値上げの案内を、発注と経理につなぐこと。単価に、確認日をぶら下げること。書類を、番号で綴じ直すこと。
これは、あのときの、焼き直しでした。
二十代の私が、番号で組み上げた、あの仕組み。それを、道具も、立場も、まるで違うこの場所で、私は、もう一度、手作業で、なぞっていた。会議室で見た紙の山も、船便の書類の山と、同じ形をしていた。前職で頭を下げずに済んだのも、番号ですべてがつながっていたからだった。——各所で、かすめては消えていた記憶が、いま、一本の線で、つながりました。
同じことを、私は、二度、やっていたのです。
ただ、一つだけ、違っていました。
二十代のとき、私は、同世代の同僚に「こうしよう」と言えば、それで通りました。指示する側でした。号令一つで、仕組みは動いた。
四十代の、この工場では、そうはいかなかった。私は、新参者でした。号令など、誰も聞かない。だから、頭を下げて、お願いして回った。仲田さんを立て、升方さんの速さを認め、八倉巻さんから紙を受け取り、常務と、二度ぶつかった。仕組みは同じでも、人を動かす作法が、まるで、違っていたのです。
若いころは、正しさがあれば、人は動くと思っていました。いまは、違う。正しさを、どう手渡すか。頭を下げ、相手の持ち場の事情を認め、体感で分かってもらう。その作法のほうが、正しさそのものより、ずっと難しく、ずっと大事だと、知りました。
立場が変われば、同じ武器も、振り方を、変えなければならない。それを教えてくれたのが、この工場での、数字が合わない日々でした。
── 夜の倉庫の、あの人 ──
石金さんが帰ったあと、私は、番号順に並んだバインダーの棚を、一人でしばらく眺めていました。
ここまで来られたのは、あの、夜の倉庫があったからでした。
在庫を数えていた半年。誰もいない工場に、ふらりと現れて、スーツの上着を脱いで、隣で黙って数えてくれた人。ぽつぽつと、先代のこと、この会社をどうしたいかを、話してくれた人。あの夜の時間がなければ、私は、たぶん、この会社で、ここまで踏ん張れませんでした。
数字を直したのは、私かもしれない。でも、その私を、この会社に、つなぎ止めてくれたのは、あの夜の、隣に座った人でした。すべての土台は、あの倉庫の、静かな時間にありました。
その人は、いま、社長です。そして私は、あの会社を離れ、高岡に、小さな事務所を構えています。それでも、いまも、顧問として、同じ会社と、歩いています。夜の倉庫で始まった関係が、形を変えて、まだ、続いている。それは、私にとって、少し誇らしいことです。
── 読者の、あなたへ ──
長い話を、ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
もし、あなたの会社にも、“合わない数字”があるなら。請求書と記録が食い違い、月末に、誰かが「たぶん、合ってます」と、判を押しているなら。
どうか、その人を、責めないでください。
私が、この二部の物語で、いちばん伝えたかったのは、それでした。数字が合わないのは、誰かが、いい加減だからではありません。仲田さんも、升方さんも、柿谷さんも、八倉巻さんも、みんな、自分の持ち場で、正しく、律儀に、働いていました。それでも、数字は、合わなかった。
合わないのは、人のせいではなく、仕組みのせいです。情報が、つながっていない。正しさを、確かめ続ける仕掛けが、ない。書類を、渡す先が、決まっていない。——それは、人を入れ替えても、直りません。仕組みを、変えるしか、ないのです。
そして、仕組みは、変えられます。
大きな投資も、新しいシステムも、いりませんでした。私がやったのは、情報をつなぐこと、確かめた日を刻むこと、書類を一つの場所に集めること。どれも、地味で、単純なことばかりです。ただ、頭を下げて、一人ずつお願いして回る、その手間だけが、必要でした。
あなたの会社の、合わない数字も、きっと、悪人のせいではありません。
仕組みの、問題です。そして、仕組みは、変えられます。
(完)