第1回 変革は運か、準備か
第2回 頑張る経営者ほど気づけない (この記事)
第3回 眠っている問題解決能力
第4回 善意のガバナンスは、なぜ妨害工作と見分けがつかなくなるのか
第5回 覚悟の非対称性
第6回 きれいごとが信頼を壊す
第7回 DXは変革の試金石
第8回 AI導入という最終試験(前編)
第9回 AIを根づかせる組織(後編)
経営者「私はこれだけやっているのに、どうして社員はついてこないんでしょう」
経営者「朝も一番に出社して、夜も一番遅くまで働いて、誰よりも会社のことを考えている。それなのに、です」
ITC「もしかすると、その『誰よりも』が、答えなのかもしれません」
前回、変革を分けるのは運ではなく準備だと書いた。そして最後に一つの問いを残した。準備の大切さを誰よりも理解している経営者が、誰よりも頑張りながら、それでも組織を動かせずにいるのはなぜか、と。
今回はその核心に入る。結論を先に言えば、頑張る経営者ほど、ある大切なことに気づけなくなる。しかもそれは、頑張れば頑張るほど深まっていく。努力が、気づきを遠ざけるのだ。
成功体験という名の罠
推進力の強い経営者には、たいてい過去の成功体験がある。苦境を自分の判断と行動で乗り越えた、という確かな記憶だ。その経験こそが、今の自信の源になっている。
ところが、その成功体験が罠になる。「あのとき自分のやり方で乗り切った。だから今回もこのやり方で行ける」。無意識のうちに、過去のパターンを現在に当てはめてしまう。そして厄介なことに、頑張れば頑張るほど、その確信は強化されていく。
しかし、環境は変わっている。社員の世代が変わり、市場が変わり、技術が変わった。かつて通用したやり方が、今も通用するとは限らない。にもかかわらず、経営者の中の「成功パターン」は古いまま固定されている。
ここにズレが生まれる。だが経営者本人は、そのズレを「努力不足」と解釈してしまう。「うまくいかないのは、まだ頑張りが足りないからだ」。そうしてさらに力を入れる。結果、現場とのギャップはいっそう広がっていく。
強いリーダーシップは、時に「自分の判断を疑う余裕」を奪う。これが、頑張る経営者ほど気づけなくなる第一の理由だ。
言葉にしない圧力
もう一つ、見落とされがちな問題がある。経営者の「頑張る姿」そのものが、組織にプレッシャーを与えているという事実だ。
経営者が朝早く出社し、夜遅くまで働く。その背中を見て、社員は「この人は本気だ」と感じる。一見、これは良い影響に思える。だが同時に、社員にとっては「お前も同じだけ頑張れ」という無言の要求になる。
言葉にされていれば、まだ反論もできる。「自分にはこういう事情がある」と。ところが態度で示される圧力には、逃げ場がない。誰も口に出さないまま、職場に「頑張らなければ」という空気だけが漂う。
そして最も危ういのは、この状態が「良い文化」と勘違いされることだ。「うちは頑張る会社だ」と誇る経営者は少なくない。だがその裏で、社員が疲弊し、心をすり減らしている可能性がある。頑張りを美徳とする空気は、それを言い出せない人を静かに追い詰めていく。
態度で示される要求には、逃げ場がない。
外の声を、どう入れるか
では、どうすればこの罠から抜け出せるのか。鍵は「外部の声を入れる仕組み」を持つことだ。
経営者は、自分の頑張りはよく見える。だが、社員が何に困っているかは見えにくい。立場上、本音が上がってきにくいからだ。だからこそ、信頼できる第三者の視点が要る。同業の先輩経営者、外部の専門家、あるいは社員の本音を引き出してくれる誰か。そうした人との対話の中で、初めて「自分の伝え方は一方的だった」「現場の負担を甘く見ていた」と気づける。
経営者団体での仲間との対話も、同じ働きをする。他社の経営者から「うちはこう工夫している」と聞いて、はっとする。一人で考えていたら決して出てこない視点が、そこにある。
ただし、ここに最大の難所がある。外部の声を聞く仕組みを作るという決断そのものが、「自分は気づいていないかもしれない」という謙虚さを前提としているのだ。その謙虚さがなければ、どんな仕組みを作っても機能しない。卵が先か、鶏が先か——そういう構造になっている。
完全に絶望的なわけではない。きっかけは、たいてい「痛み」だ。事業が停滞する、社員が辞めていく、同業に先を越される。その痛みを感じたとき、初めて「このままではまずい」と思える。だからこそ、痛みが致命傷になる前に、小さなズレを早めに可視化しておくことが効く。離職率、提案件数、品質問題の件数——客観的なデータで「何かおかしい」と気づく。その気づきが、仕組みを作る覚悟につながっていく。
ここまで経営者の側を見てきた。だが、変革を阻む構造は経営者だけの問題ではない。次回は、経営と現場の間に立つ幹部社員——本来なら最も気づきやすい立場にいる人たちが、なぜ動けないのかを掘り下げる。
HABAねっとは、北陸を拠点に中小企業・個人事業主のDX伴走支援を行っています。経営者一人では見えにくい組織のズレを、外部の視点とデータで可視化するところから、私たちは伴走します。「ツール選定」ではなく「課題」「業務」「人」から設計するDXを、一緒に組み立てます。