なぜソフトウェアの費用は『高い』のか?──犬小屋と超高層ビルの違いから読み解く『見えない工学』のコスト

犬小屋と超高層ビルの対比イラスト 候補3

経営者「パソコンでちょこちょこっとプログラム書くだけなのに、なんでこんなに高いの?」

ITC「(苦笑しながら)……その気持ち、よく分かります。でも社長、『犬小屋』と『超高層ビル』の違いって、想像できますか?」

経営者「ビル……?」

ソフトウェアの見積もりを見て「高すぎないか?」と感じたことはありませんか。富山で中小企業のDX伴走をしていると、ものづくりに長く携わってきた経営者ほど、この感覚を口にされます。──「キーボード叩いてるだけなのに、なんでこんな金額になるんや?」と。

これは私の意見ですが、その違和感は「見える部分しか見ていないから」起きるんですよね。今回は、ある架空の金属加工メーカー「山田製作所」の社長と、ITコーディネーターの佐藤さんの対話を通して、なぜソフトウェア作りが難しく、なぜそれなりのコストがかかるのかを、製造業の工程と対比しながら解きほぐしていきます。

1. 「ただパソコン叩いてるだけじゃないの?」── 経営者の素朴な疑問

場面は山田製作所の事務所。山田社長が、新しい生産管理システムの見積書を片手に渋い顔をしている──というところから対話が始まります。

山田社長:「いやぁ、佐藤さん。この『生産管理システム』の見積もりだけどさ……。なんでこんなに高いの? パソコンでちょこちょこっとプログラム書くだけじゃないの? ソフトウェアってのは、材料費もかからないし、在庫も残らない。なのに、なんでこんなに『難しくて、高い』ことになってるんだ?」

佐藤さん:「(苦笑しながら)社長、その気持ちはよくわかります。『ただの文字の羅列』に見えますもんね。でも、社長が普段やられている『モノづくり』と比べてみると、なぜ難しいか、なぜお金がかかるかが見えてくるんですよ。」

「材料費もかからない」「在庫も残らない」──これは多くの経営者が抱く、ごく自然な感覚です。でも佐藤さんは、この素朴な疑問にまっすぐ答えるのではなく、こう切り返します。

山田社長:「俺たちのモノづくりと一緒だって? いやいや、うちは鉄を削って、組み立てて、汗水流してるんだ。キーボード叩いてるのと一緒にされちゃ困るよ。」

佐藤さん:「実は、そこがポイントなんです。一般の方がソフトウェアを『難しい』とか『高すぎる』と感じる最大の理由は、そこには『工学(エンジニアリング)』が必要不可欠だからなんです。」

「工学」──この言葉が、対話の鍵になっていきます。

2. 犬小屋と超高層ビル ── 規模が変われば別世界になる

機械設計には工学が要る、というのは社長にもすぐ理解できる感覚です。でもソフトにも工学?──そう問い返した社長に、佐藤さんはひとつの例えを持ち出します。

佐藤さん:「はい。これを説明するのに、いい例えがあります。社長、『犬小屋』と『超高層ビル』の違いを想像してみてください。」

佐藤さん:「日曜大工で『犬小屋』を作るとします。これなら、設計図がなくても、ホームセンターで木を買ってきて、その場の思いつきで作れますよね? 失敗しても、ワンちゃんが濡れるくらいで済みます。」

山田社長:「まぁ、俺ならチョチョイのドンだな。」

佐藤さん:「個人のプログラミングはこれと同じなんです。でも、私たちが今作ろうとしている業務システムは、『超高層ビル』なんです。」

この「犬小屋 vs 超高層ビル」の対比、私もお客さまに説明するとき頻繁に使わせていただいています。なぜ刺さるかというと、「規模が一桁・二桁変われば、必要なものが全く別物になる」という感覚が、製造業に身を置く方ほど直感的に分かるからです。

📐 同じ「建物」でも 犬小屋:設計図なし/思いつきでOK/失敗してもダメージ小
超高層ビル:地盤調査・構造計算・専門家のチーム作業が必須

個人が休日に書く小さなプログラムは、文字通り「犬小屋」サイズ。一方で、会社の業務を支える生産管理システムは「超高層ビル」──規模も、関わる人数も、求められる品質も、桁が違う世界に入っていきます。

3. ソフトウェアにも「ビル建築」と同じ工学がいる

佐藤さん:「ビルを建てる時、いきなり鉄骨を溶接し始めませんよね? まず地盤を調査して、綿密な設計図を描いて、耐震構造計算をして、配管や電気の通り道を考えて……多くの専門家がチームで動かないと、完成しません。」

山田社長:「そりゃそうだ。図面なしでビルなんか建てたら、倒壊して大惨事だ。」

佐藤さん:「ソフトウェアも全く同じなんです。銀行のシステムや、今回の生産管理システムのように、ミスが許されない大規模なものを作るには、『ソフトウェア工学』という、ビル建築と同じような厳密なルールと手順が必要になるんです。」

ここで初めて社長から「腹落ち」の言葉が出てきます。

山田社長:「なるほど……。ただコードを書くだけじゃなくて、その前の『設計図』や『構造計算』にあたる部分がデカいってことか。」

そう、まさにそこなんです。見積金額の大半は、目に見える「コードを書く工程」ではなく、その前後にある「設計」と「検証」の工程に費やされている。これは経営者の方にぜひ持ち帰っていただきたい視点です。

4. 製造業の工程と完全対応する5ステップ

佐藤さんは続けて、ソフトウェア開発の工程を製造業の工程と対比して見せます。

佐藤さん:「具体的には、こんな流れで作っていきます。社長の工場の工程と比べてみてください。」

工程 ソフトウェア開発 金属加工(製造業)
要求定義(仕様決定)お客さまの欲しい製品の寸法・機能を決める
設計(図面作成)部品構成・加工手順の図面を引く
実装(製造)実際にコードを書く=部品を削る・組み立てる
テスト(品質検査)動作確認・強度検査
保守(メンテナンス)出荷後の修理・部品交換

佐藤さん:「社長が一番気にされていた『プログラミング(実装)』は、この工程のほんの一部、工場で言えば『加工・組立』の工程に過ぎないんです。」

つまり、見積書に含まれている工数の大半は、①の要求定義、②の設計、④のテスト、⑤の保守──「コードを書く」以外の工程に張りついているわけです。

5. 「加工」だけが見えていた ── 経営者の腹落ち

山田社長:「うーむ、そう言われると腹落ちするな。俺たちは『加工』だけを見て『高い』と言っていたが、その裏には膨大な『設計』や『検査』の手間があるわけか。」

佐藤さん:「ええ。特にソフトウェアは目に見えない分、設計をおろそかにすると、後でバグ(欠陥)が出た時に、ビルが傾くような大修正が必要になります。だからこそ、『工学(エンジニアリング)』の力で、見えないものをコントロールして、品質を保証している、んです。」

「目に見えないからこそ工学が必要」──この一言は、ソフトウェアという存在の本質を突いていると私は思います。物理的な建造物なら、設計ミスは「壁の傾き」「ドアの建て付け」として、目に見える形で警告を発してくれます。でもソフトウェアは違う。設計の歪みは、何ヶ月か経った後に「謎のエラー」「データ消失」「処理の異常な遅さ」として、ある日突然顕在化するのです。

山田社長:「なるほどなぁ。ソフトウェア作りってのは、魔法でもなんでもなくて、目に見えないデジタル空間に、設計図通りにビルを建てるようなもんなんだな。……そう考えると、この見積もりも、あながちボッタクリじゃない気もしてくるな(笑)」

佐藤さん:「ご理解いただけて嬉しいです! これからは、社長と一緒に『工場の設計図』を引くつもりで、システムの内容を詰めていきたいですね。」

この対話から見えた3つの学び

① ソフトウェアは「目に見えないモノづくり」

素材は鉄ではなく、コードと設計思想。でも「設計し、作り、検査し、保守する」という骨格は、製造業の工程とぴったり重なります。ソフトウェア=コードを書くことと捉えていると、見積書の8割が「謎のコスト」に見えてしまう。逆に、製造業の工程を当てはめて見れば、見積書の中身を分解できるようになります。

② 設計をおろそかにすると「ビルが傾く」

「とりあえず動くものを安く」という発注は、犬小屋ならいいんです。でも業務の根幹を支える基幹システムでこれをやると、数年後に必ず「ビルが傾く」──データの整合性が崩れる、機能追加のたびに別の場所が壊れる、属人化して保守できなくなる、といった形で必ず跳ね返ってきます。初期の設計工数を削ったツケは、運用フェーズで何倍にもなって返ってくるのがソフトウェアの世界の鉄則です。

③ エンジニアリングは「見えないものをコントロールする力」

金属加工なら、削った量を目視・実測で確認できます。ノギスで寸法を測れば「0.1mm の誤差」がすぐ分かる。でもソフトウェアは、「ちゃんと動いているように見えても、内部はぐちゃぐちゃ」ということが起こり得ます。だからこそ、テスト工程・コードレビュー・ドキュメント化・バージョン管理──こうした「見えないものを可視化する仕組み」がエンジニアリングの本体なのです。

気づいたこと

「コードを書くこと」は、ソフトウェア工学の中ではほんの一部分。
見積書の本当のコストは、その前後にある「設計」と「検証」に張り付いている。

おわりに ── ソフト作りは「デジタル空間の建築」

ソフトウェアの開発現場に立ち会わせていただくたびに私が感じるのは、これは決して「魔法」でも「特別な才能の世界」でもなく、製造業の現場で日々行われている『モノづくり』の延長線上にある、ということです。違うのは、扱う素材が「鉄」か「論理」か、検査方法が「ノギス」か「テストコード」か、それだけ。

だからこそ、製造業の経営者の方ほど、ソフトウェア工学の本質を直感的に理解できる素地を持っておられます。「うちは IT は分からんから外注に丸投げ」──これは本当にもったいない発想だと思っています。製造業で培われた「工程設計」「品質管理」「歩留まり改善」の感覚は、そのままシステム開発の発注品質を高めることにつながるからです。

ソフトウェア作りは、目に見えないデジタル空間に、設計図通りにビルを建てる仕事。

次にシステム開発の見積書を見るときは、ぜひ「これは犬小屋なのか、ビルなのか?」「設計と検査の工程はどこに入っているか?」と問い直してみてください。きっと、見積書の景色が変わって見えるはずです。


HABAねっとは、富山を拠点に中小企業・個人事業主のDX伴走支援を行っています。「これってボッタクリ?」と感じた瞬間こそ、自社の業務とシステムの設計図を一緒に引き直すチャンス。「ツール選定」ではなく「課題」「業務」「人」から設計するDXを、一緒に組み立てます。

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