前回、私は一つの仮説を立てました。
経営者がAIと取る距離は、「課題が先にあるか」と「失敗を学習に変えられるか」の二つで決まるのではないか、と。
今回は、その仮説を実際の事例にぶつけてみます。
使うのは、ウェブ上で公開されているAI導入の事例です。成功したものも、失敗したものも、両方を集めました。
片方だけ見ると、どうしても都合のいい結論になってしまうからです。
さて、私の仮説は事例の前で生き残れるでしょうか。
失敗事例に、仮説を当ててみる
まず失敗事例から。よく報告されているのが、こういうケースです。
IT・会計系のある事業所が、代表者がセミナーでAIツールを知り、翌月には全社導入を宣言した。しかし現場の抵抗にあい、半年後の利用率は二割程度にとどまった。
これは仮説どおりです。
課題が先にあったのではなく、外からの刺激で「導入」が目的化した。第2話で見た過剰反応型の典型で、課題の言語化という軸が欠けていました。
製造業の例もあります。
業界紙でAI品質検査の記事を見たことがきっかけで導入を進めたものの、「どの工程の、どの不良を、何パーセント減らしたいのか」という問いに答えられないまま着手し、相応の費用を投じたのに効果を検証できず、半年で凍結した。
これも課題が言葉になっていなかった例です。
ここまでは、私の二軸でうまく説明できます。
仮説が綻んだ、一つの事例
ところが、説明できない事例に出くわしました。これが今回の山場です。
ある卸売業が、在庫コストの削減という明確な目標を立てて、需要予測のAIを導入しました。
課題ははっきりしている。目標も数値で置いている。
第3話の仮説でいえば、これは「使いこなす人」に分類されるはずのケースです。
ところが、三か月たっても予測の精度が期待値に届かず、経営陣は「効果がない」と判断して撤退を決めました。失敗です。
私の二軸では、これを説明できません。課題はあった。学習する姿勢もあったはずです。それなのに失敗した。
ここで、ある分析が目に留まりました。
実は、この種の需要予測AIは、導入から五か月ほどで精度が急に上がりはじめるモデルだった、というのです。
つまり三か月時点は、まだ学習の途中。
撤退したタイミングは、ちょうど効果が出はじめる直前でした。
あと二か月、待てていたら成功していたかもしれない。
課題もあった。学習する気もあった。
それでも撤退した。足りなかったのは「効果が出るまでの時間を知らなかった」ことでした。
三つ目の軸 ── 時間の見積もり
この事例が教えてくれたのは、私の二軸には抜けがあった、ということです。
「課題の言語化」と「学習」だけでは足りない。三つ目に、「効果が出るまでの時間を、現実的に見積もれているか」という軸が要るのです。
実際、複数の事例が同じことを示していました。
AIの費用対効果がはっきりするのは、導入から半年から一年後というのが一般的だと。
短期で成果を求めるほど、失敗のリスクは高まる。
前回、私が「二軸で説明できない失敗があるのでは」と引っかかっていたのは、まさにこのことでした。
谷の深さと長さを、あらかじめ知らされていない。
だから谷のいちばん底で、もう少しで抜けられるという地点で、撤退してしまう。
これは経営者の姿勢の問題というより、体験が乏しいことによる誤認という避けられないものです。
私がスモールスタートを勧めるもう一つの理由には、小さな成功体験を積み、理解を深めることがあります。このような誤認も、スモールスタートによりある程度緩和させることができます。
成功事例には、もう一つの共通点があった
失敗事例だけ見ていたら、ここで終わっていましたが、合わせて成功事例も並べたことで、もう一つ、思いがけない共通点が見えてきました。
成功している事例は、ほぼ例外なく「AIと人の役割分担」を最初に決めていたのです。
たとえば、ある企画提案の業務では、情報収集や下書きはAIが担い、最終的な判断と仕上げは人がやる、と線を引いていた。
その結果、作業時間が大きく減った。
製造業の外観検査でも、AIが疑わしい箇所を拾い、最終判断は人がする、という分業が機能していました。
AIが得意なのは、パターン認識、データ集計、文章生成、定型作業。
苦手なのは、最終判断、創造的な企画、人間関係の構築。
この線引きを最初にやっておくと、AIは強力な相棒になります。
そして気づいたのは、この「役割分担」は、第2話で見た過剰反応への歯止めにもなっている、ということです。
「ここはAI、ここは人」と線を引く作業そのものが、「AIが全部やってくれる」という万能感を解除してくれる。
だから失敗した過剰反応型の事例は、この線引きをしていなかったのです。
第4話のまとめ
実例にぶつけた結果、三つのタイプという骨格は妥当でした。
でも、使いこなす人の条件は二つでは足りなかった。「課題の言語化」
「失敗を学習に変える」
に加えて、
「時間を現実的に見積もる」
「AIと人の役割を分担する」。
この四つがそろって、はじめてうまくいく。
仮説が事例の前で綻び、そこから二つの軸が補われた。
この過程こそ、私がいちばんお伝えしたかったところです。
きれいな結論をそのまま信じず、具体例で確かめる。すると、整理が一段深くなる。
このような行動は、SNSや広告に煽られたり焦ったりせず、自社の状態を見定める時にも使えます。
さて次回は最終回。
この四つの条件が、実は全部、たった一つのことに帰着するという話をします。
それは「AIの問題」ですらなかった、という結論です。