経営者とAIの距離(6)谷で伴走するということ ── 連載・補章

前回で、この連載の論考は完結しました。今回は補章です。論考からは少しはみ出す、私自身の仕事の話を書かせてください。少し営業めいた話も混じりますが、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

書き残したのは、「幻滅の谷」の話でした。

AIに限らず、新しいことを始めれば、期待が現実とぶつかって落ち込む局面が必ず来ます。

問題は、その谷に落ちたとき、誰がそばにいるか、でした。

谷で、一人にされるということ

第4話の卸売業の事例を思い出してください。

あと二か月待てていれば成功したかもしれないのに、谷の底で撤退してしまった。あのとき、もし隣に「これはまだ学習の途中です、もう少しで抜けます」と言ってくれる人がいたら、結末は違ったかもしれません。

谷で一人にされると、失望はどんどん深くなります。

「やっぱりダメだった」が確信に変わり、組織の記憶として残る。

逆に、谷で誰かが一緒に「なぜうまくいかないのか」を解きほぐしてくれれば、失望は学習に変わります。同じ谷でも、行き先がまったく違ってくる。

だから私は、伴走者のいちばんの価値は、この谷の局面にあると思っています。

順調なときは、正直、誰がいてもそれほど変わりません。

本当に人が要るのは、うまくいかなくて心が折れかけているときなのです。

谷に入る前に、関係を作っておく

ただ、ここに一つ難しさがあります。

谷に落ちてから慌てて誰かを探しても、間に合わないことが多いのです。

谷の底は、心細くて、判断が鈍る場所です。そんなときに、初めての相手に「実はうまくいってなくて」と打ち明けて、一から関係を作るのは難しい。

だから、谷に入るより前 、まだ余裕があるうちに お互いに信頼できる関係を作っておくことが効いてきます。

毎月一度でも顔を合わせていれば、谷に落ちた瞬間に「あの人に相談しよう」となる。

AI導入で、月額制の顧問のような関わり方が成果を出しやすいという話をよく聞きますが、その本質はここにあると私は見ています。

安いから良いのではなく、谷の瞬間に立ち会える関係が、そこにあるからです。

私が、先に失敗を話す理由

第1話で少し触れましたが、私は初対面の経営者に対して、まず自分の失敗やつまずきを先に話すようにしています。これには理由があります。

谷で一緒にいてもらうには、その前に「この人になら、かっこ悪いところも見せられる」と思ってもらう必要があります。

でも、完璧な専門家を演じていると、相手は逆に身構えてしまう。「この人には、自分の失敗を見せられない」と。

だから私は、自分が同じように泥をかぶってきたことを、先に開示します。

ツールの設定でつまずいた話、思い込みで進めて見立てを外した話。そういう話をすると、相手も少し肩の力を抜いて、「実はうちもね」と本音を話してくれる。

谷で一緒にいられる関係は、こういう小さな自己開示の積み重ねから始まると思っています。

答えを出す人ではなく、一緒に分解する人

前回、AIの距離の問題は業務設計の問題だ、と書きました。だとすれば、私の仕事も「AIの答えを教える人」ではありません。

「自社の業務を、一緒に分解する人」です。

経営者が漠然と抱えている違和感を、対話しながら少しずつ言葉にしていく。

業務の流れを図にして、どこに無駄があり、どこが属人化しているかを一緒に眺める。その上で、ここはAIに任せられる、ここは人がやるべきだ、と線を引く。

そして谷が来たら、隣で「これは想定の範囲です」と地図を示す。これが私のやっていることです。

答えを持っている専門家として上から関わるのではなく、同じ現場で一緒に手を動かす。そういう関わり方を、これからも大事にしていきたいと思っています。

連載を終えて

全六回、お付き合いいただきありがとうございました。

「なぜ経営者はAIに違う距離を取るのか」という問いから始めて、それが業務をどれだけ構造的に理解しているかの問題であり、そして最後は、谷で誰がそばにいるかという、人と人の関係の話にたどり着きました。

AIの話のはずが、最後は業務設計と、伴走の話になった。でも、これが私の実感そのものです。

技術は道具で、本当に大事なのは、その手前にある業務の理解と、谷で支え合える関係なのだと思います。

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